4.喪失
俺たちはこのスペースシップを、自らが起こしたサークルの名を借りて「ユニケン」と名づけた。

「あの程度なら、ユニ研のメンバーでも出来たんじゃないか?」
ユニケンの初飛行映像は、あれから幾度となく放映されている。
その機体がSG社のものという情報も知れ渡り、メディアの訪問がいつ来てもおかしくない状況の中で、パラスは何気ない疑問を口にした。
頭の中に、他社と協力して成し遂げたテスト飛行が鮮明に蘇える。
「そうかもね。だけど、ここで企業の手を借りたことを無駄だとは思ってないよ」
「それじゃお前、製作所を利用したってのか?」
「まさか。利害が一致しただけだよ。今回の功績は彼らにも影響してくるんだ」
モニター越しにSG社を批評する人物は、大きな功績でさえ簡単に握りつぶしてしまうだろう。
自らの手柄を有名宇宙開発チームの介入によって潰されたくなかった。
「テスト飛行も無事完了。SG社の評判も上々。シャトル製作所の評判も上がっているんだから、大成功でしょ」
「まあ、な」
とは言え、シャトル製作所はほとんど民間の、それもどこの旅行会社とも提携を結んでいない小企業だ。
多少注目されたとしても、それは地域一帯の小さな話題にしかならないだろう。
だがSG社は、これまでも何度か注目され、良くも悪くも世間に名が知れている。
この対等じゃない状況での協力の意味を理解していたとしたら、それは無名の企業を食い物にするやり方だ。
今までの、俺たちみたいに――。
・・・まさかな。
そこまでの情報、集められるわけないじゃないか。
「ところで、これから盛大な初飛行を経て、SG社を急成長させる計画がある。勿論乗ってくれるだろ?」
「また勝手な計画か? これで最後なんだろうな」
「ああ。今まで任せてくれてありがとう」
「は? 何言ってんだ。まだ、これからだろ」
そこで発表された計画は、相変わらずケレス一人で考えたようなもので、今までと違うことと言えば、計画にユニ研メンバーが加えられていたことだけだ。
さらに、搭乗するのはケレス、エリスの二名で、パラスとユニ研メンバーは地上に残りメディアの対応ときた。
どうやら式典を盛り上げろということらしい。
そもそもケレスは、こんな一大イベントで、四人載りで設計された機体から敢えて俺を外したんだ。
その何かを予感させる発言の意味さえも、今の俺には知るよしもなっかった。

そして飛行当日。
ケレスの撒いた餌に食いついたメディアは数知れず、今考えてみれば、それは盛大に行われる式典のように華やかな門出だった。
飛び立ったユニケンから届けられる映像は、今でも鮮明に覚えている。
通常の宇宙映像のように機体内から撮られる宇宙と二人の話し声。
それから、外面に取り付けられたカメラから送られる鮮明な宇宙。
まるで宇宙遊泳しているように錯覚させるやり方は、まさに魅せるための撮り方で、間近で見た者の心を奪った。
しかしその感動は、微少な映像の乱れから始る。
光なのか、何か他の物質なのかさえ分からない、強い白。
機体には衝撃も損傷も見当たらない。
搭乗している二人の会話にも別段慌てた様子はなく、ただ唐突に、通信だけが途絶えた。
「通信、途絶えました」
オペレーターを買って出たユニ研メンバーの声が耳に届く。
次いで別の画面から情報を得ていたメンバーも無常な通達を下した。
「ユニケン、消息不明――」
この日、多くの人々が見守る中、宇宙を目指したユニケンは、白い画面の中に消えた。

数日後、メディアに説明を求められるケレスの映像が流されたが、世界初の快挙を成し遂げようとした者の追悼にしかならなかった。
『あ! ありました!! 先日、私たちの目の前で上空に飛び立った、あの宇宙船です。早速インタビューしてみましょう』
嬉々としてユニケンに歩み寄る女性キャスターは、未来を知らない晴れ晴れとした表情を向けている。
『今回、SG社製作の宇宙船が世界初の水平離陸式となったのですが、今のお気持ちをお聞かせ下さい』
「世界初って、そんな大げさなものじゃありませんよ」
『と、いいますと?』
「強度問題をクリアすれば、宇宙エレベータさえ実現できると言われる今、スペースシップが水平離陸式にならない理由なんて無いと考えています。
あるとすればそれは、それはまだ必要とされていないからでしょう。
例えば、現在研究が続けられているスペースプレーン。
開発段階で構想されているものは二段式で、一段目が宇宙船を上空まで運ぶやり方です。
大企業は大型シャトルでの使用を前提としているため、飛行実験もままならない状況が続いていますが、小型シャトルに応用すれば充分実現できる段階にあります。
多くの企業がそれに見向きもしなかったのは、小型シャトルの普及レベル、水平離陸式の必要性、それから、やはり費用の問題が大きいと思います。
以上のことから言えるのは、小型機なら二段式じゃなくても、ラムジェットエンジンでの水平離陸式が可能ということです。
もっとも今の段階では、それを大型機に適応することは難しいですが、近い将来、必ず実現すると思っています」
『それは今後実現させる予定なのでしょうか?』
「そこまでは、まだ分かりません。しかし、今後も私たちは全力を尽くして宇宙開発に臨みます」
『ところで、なぜ今、敢えて水平離陸式を製作したのでしょう?』
「いづれ個人に小型シャトルが提供される時代が来ることを望みますが、少なくとも、今小型シャトル制作に乗り出す企業は皆無でしょう。
SG社はまだ、個人の段階を出ない企業です。
今回の製作でも、別のチームや製作所の力を借りています。
しかし、だからこそ実現できたことだと思っています」
『ありがとうございました。今後もSG社の活躍から目が離せませんね』
この頃から、誰もがやろうとしてやらなかった水平離陸式大型シャトルの製作が本格的に始動することになる。

A.D.2033
SG社メンバー、ケレス・アーリア及び、エリス・デュスノミア、失踪。
もしも今後の展開さえも構想していたのだとしたら――。

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