3.ユニケン《冬》
ケスラーシンドローム問題に明確な解決策も出ないまま、数ヶ月が過ぎようとしていた。
テレビ内で勃発する論争も未だ収束に向かわず、問題が解決しないまま表立った宇宙開発が再開される見通しも薄い。
そんな中、突如現れた謎の機体が深刻な問題も吹き飛ばす勢いで話題となる。
賛否両論の中、SG社は再び注目の渦に巻き込まれるのだった。
「『ユニケン』なんて、どうかな?」
回転台に乗せられたスペースシップを見上げながらケレスは、実物と設計図を見比べているメンバーに問いかけた。
「ださ――」
「うん。いいと思うよ。だって、私たちが作ったスペースシップだもん」
「・・・・・・」
発言しかけたパラスをよそに、エリスは満面の笑みを浮かべて答える。
「そう、だよね。よかった」
そんなエリスに、ケレスも同じように笑みを返した。
心なしか、二人についていけていない気がしたパラスは、釈然としない気持ちを抱えながら頭を掻いた。
「それで、次はいよいよテスト飛行なんだけど、その設備を借りようと近くのシャトル製作所と交渉したんだ」
「お前また勝手に・・・言えば俺が交渉したってのに」
「だから、それじゃダメなんだよ。あの開発チームの実力は借りないって決めてるんだ」パラスがいるからね。
ケレスは最後の言葉を飲み込み、再びテスト飛行の話題に戻した。
「決行は明後日。テスト飛行は、遠隔操作で行う」
「え? 乗ってみるんじゃないんだ」
残念そうな声を上げるエリス。
「ごめん、今回の目的は大気圏を突破することだから。勿論大破の心配はしていないけど、初のテスト飛行を有人で行うのは危険すぎる」
「待てよ、初のテスト飛行で遠隔操作、おまけに大気圏突破だって!? 色々飛びすぎだろ」
「いや、その逆だよ。このところ問題続きで、大型シャトルも飛んでない」
「うん。私も今そう思ったんだ」
「・・・・・・だから違うだろ」
もはや忘れ去られた感のあるパラスの呟きは、誰の耳にも届かず消えた。
テスト飛行を翌日に控えた夜、パラスは一人、完成したスペースシップ、ユニケンを見上げていた。
その手には設計図が握られている。
まるで小型の飛行機を模ったようなスペースシップの設計図。
想い描く完成図はまるで子供のラクガキで、にも関わらず設計部分には開発会社となんら変わらない緻密さがあった。
それも、垂直離陸式が主流の宇宙船業界において、水平離陸式を確立させようとしてるのだ。
そんな事細かな設定を見るたびに「こいつ、自分の物を人に触られるの嫌がるタイプだな」とか思った記憶がある。
図式から読み取れる完璧な完成象。
模範となる程の設計図を作り出せても、それを形に起こすのはプロでも難しい。
「なのに、それをほぼ一人で、勝手に作っちまいやがった」
一体そこにどれだけの才能差があるというのだろう。
努力か?
だったら当に負けている。
「あれ、パラス・・・?」
「?」
思わぬ人影を見つけたケレスは一瞬驚いた顔をするが、その足は一直線にテーブルへと向かっていた。
数日前まで、設計図やらその他の走り書きが散乱して散らかっていた場所だが今は綺麗に整頓されている。
「お前、まさか今から最終チェックをやろうってんじゃないだろうな」
「まあね。ただ眠れないだけかもしれないけど。って、あれ、設計図が・・・」
「ほらよ」
せわしなくテーブルの周りを探すケレスに設計図を手渡す。
「・・・最終チェック?」
「違うから。ただ、設計図なら俺も昔色々描いてたはずだったな〜と思ってな」
「?」
仰ぎ見たユニケンは、やっぱり眩しかった。
眩しすぎて、今まで自分が追い求めてきた理想が崩されていくような感覚にさえなる。
「んじゃ、俺もう行くわ」
「――パラス」
「あん?」
呼び止められて足だけを止めた。
「もう少しだけ、僕に任せてほしい」
「・・・・・・」
すれ違い際に放たれた台詞の真意を理解できぬまま数秒が経過する。
それはパラスへの気遣いだったのか、あるいはケレスに何か思いつめる出来事があったのかもしれない。
しかし今のパラスには、一つの答えしか出てこなかった。
「分かった。お前に任せる」
「ありがとう」
テスト飛行当日。
SG社メンバーは、シャトル製作所の面々に一通りの挨拶が済んでから飛行の準備に取り掛かった。
といっても、実質上ユニケンを飛び立たせるのは機体が作製された施設からで、製作所には協力を依頼し設備などを持ち込んで貰う形になっている。
「準備はいい?」
「大丈夫だよ」
「ああ」
準備開始から数時間、それぞれの持ち場についた三人は、シャトル製作所の見守る中テスト飛行を開始した。
上空のハッチが開き、ユニケンを乗せた回転台が上昇を始める。
その瞬間、製作用の回転台が発射台に変わった。
「それじゃ、行くよ!!」
ケレスの掛け声とともに、無人のスペースシップがゆっくりと離陸していく。
その姿は、まるで小型の飛行機を連想させた。
遠い昔に思い描いた、手軽な宇宙旅行を絵に描いたような理想的な形状。
ユニケンは徐々にスピードを上げていき、あっという間にモニターでしか確認できない程の大きさになる。
そして――。
「エンジン出力を最大限まで上昇」
機体に負荷が掛からないように、最新の注意を払って出力を上げる。
直後、無邪気なほどに明るいエリスの声が届いた。
「無事に大気圏、突破したよ」
「どこか、異常は?」
「ない」
反射的に発せられたケレスの問いに、パラスが即答する。
「オートパイロットに移行」
返ってきた反応に安堵したケレスは、機体の操作をオートにして肩の力を抜いた。
「とりあえず、これで半分ってとこだね」
「うん。無事に終わってよかったね」
「まだ半分だって・・・」
エリスの預言通り折り返しのテストも順調に進み、ユニケンは無事、元の位置に格納される。
機体には何の異常もなく、テスト飛行は成功に終わった。
空へと羽ばたいた一つのスペースシップは、その日の夕方には大々的なニュースに取り上げられていた。
画面には、ユニケンが飛び立つ映像が何度となく映し出されている。
ユニケンは、世界初の水平離陸式だといっても過言ではない。