5.繁栄
ユニケン初飛行時の事故以来、SG社の存続は危ぶまれている。
この現状に、唯一残された者でさえも打つ手をこまねいていた。
忘れていったのか置いていったのか手元にあるケレスのメモには、今後の予定ともなる事柄が細かく書かれていて実行するのも気が滅入るほどだ。
とは言え、学生時代からの目標を失って、堕落した日々を送っていたのも事実。
今もパラスは、何の解決策も浮かばぬまま、役目を終えて閑散としている作業スペースを眺め続けていた。
学校の敷地内だというのに、相変わらずここには誰も尋ねてこない。
って、あたりまえか。
「・・・・・・」
そういや、あいつ、妙なこと言ってたんだよな。
『今まで任せてくれてありがとう』
あれは全てを予想した上での発言か? それとも、まだ何か策でもあるってのか?
ふと、ケレスが有名になることにこだわっていたことを思い出す。
確かにケレスの行いで、SG社は、良くも悪くも世界に注目される存在となった。
今後も世界は、彼らのことを忘れないだろう。
未来の宇宙開発に関わる重大な一歩を踏み出した、SG社の功績は既に刻まれているのだから。
「パラス・リートン!」
不意に耳に届く、聞き覚えのない女の声。
「ま〜だ、ここにいたんだ」
呆れたような、ある種、幻滅さえ含んだ口調に、叱られた時のような居心地の悪さを覚える。
「哀愁なんか漂わせて、それでカッコイイと思ってんの?」
誰だ、この女は。
癇に障ったものの、入口に背を向けた状態のパラスには女の顔は見えない。
その上、安い挑発に乗る気分でもなかったから、適当にあしらうつもりでゆっくり振り返ってみた。
が、やっぱり見たことのない女だ。
「誰――」
「あれれ? 知らない? 天文大で一緒だった」
「・・・・・・」
「覚えてない、か。ホント、何にも見てないんだね」
「・・・・・・」
正直、図星過ぎて、返す言葉も無かった。
中途半端にノリの悪いクラスメイトより覚えにくいものはない。
「ねぇ、ここで何してたの?」
「別に、何だっていいだろ?」
いい加減対応が面倒になってきたパラスは視線を元に戻す。
「同じ夢を追った者も信じてあげられないんだ。彼らがいつ戻ってきてもいいように、とは思わないわけね!」
口調が強くなると同時に、声も大きくなっていく。
やっぱり叱りにきたんだな、この女。
「何が有名宇宙開発チームの息子よ!」
いや、ただのあてつけか。
「じゃあね!!」
「待て。あんたの名前は」
「ユノー・ヘラだよ!!」
聞き覚えのない名前だった。

その後、俺の状態を見かねてか、再び開発チームからの誘いを受けたが、当然のように断った。
考えてみれば、SG社の存続をかけてまともな活動を始めたのは、その後からだった。
以下はその活動と現状の報告である。

手堅いところで、まずはユニ研メンバー。
倒れかけたGS社に、彼らを加えることで、とりあえず崩壊は免れた。
SG社の存続を危ぶむ声はメディアの中にもあり、その存続の情報は瞬く間に世間に広まっていった。
会社を立て直したとしてインタビューを受ける羽目になったが、この際大目に見ることにする。
そして後日、この放送を見ていた開発事業側からの声がかかる。
兼ねてからSG社と接触したかったというホワイト・オブ・スペースは、世界でも一、二を争う宇宙開発事業を行う会社で、父の所属する開発チームを統括している団体でもある。
要するに、SG社にとって強大なスポンサーが現れたわけだ。
リートンという姓関係なしに、SG社だからと言われたのが印象的だった。
聞けば近々、父を中心とした火星テラフォーミング開発チームが出来るとかで、それまでの開発チームが二分するらしい。
これによってチーム内で大きな人事異動が行われることになり、開発の方向性から別チームに入る者や、或いは解雇される者も現れた。
その解雇された人物が父を慕っていたらしく、更に、ホワイト・オブ・スペースがスポンサーに名乗りを上げたこともあり、結果、SG社に新たなメンバーを迎え入れることができた。
SG社に新たなメンバー、それも元有名宇宙開発チームといえば、メディアが放っておくはずがない。
しかもメディアはこれを、SG社が開発チームの面々を吸収したと大げさに報道する。
実際は、開発チームにSG社が買収されたと言ってもおかしくない状況だったが、スポンサーが社名を残したまま再結成に協力してくれたこと、それから、創立メンバー、つまり俺が社長として任命されたことが大きかったのだろう。
ケレスが残していった計画書の内容を話すと、その構想に皆心を打たれた様子で、SG社本来の意思を尊重することを約束してくれた。
ここに、新生SG社が誕生したことを、報告する。

以上。

A.D.2034 パラス・リートン

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