2.ユニケン《夏》
ラムジェットシャトルの完成を受け、これまで、ほぼ完成とされたまま沈黙を続けていた宇宙ステーション拡大計画が、ようやく一般開放できるレベルにまで達した。
宇宙ステーションの本格開放が後押ししたのか、大型シャトルの評判は上々で、ラムジェットシャトルのツアーは既に数ヶ月の予約待ち状態だ。
一方、SG社制作のスペースシップも人知れず完成に近づき、メディアに正式発表とまでは行かないが、最終調整段階に入ったといっても過言ではなかった。
テスト飛行を間近に控えたスペースシップの調整を行うケレスの隣では、一テレビ局をジャックする勢いで宇宙旅行番組が放映され続けている。
たった一人で作業を続けるケレスは手を休めることなく、テレビは差し詰め、ラジオと化していた。
他のSG社メンバーは個々に別の作業に当たっていて、当然ながら、現役のユニケンメンバーはサークル相応の活動しかしていない。
ケレスの設計図にいたく感心したメンバーは、彼らだけのスペースシップを作ろうとその設計に試行錯誤しているところだろう。
テレビからは相変わらず、数ヶ月待ちの宇宙旅行に涙を呑んだ人々のためか、つたないカメラ映像による疑似宇宙旅行が垂れ流されていた。
これは、ある一般市民のカメラ映像を通して送られる生中継番組で、メディアさえ乗るのが難しい程込み入っている宇宙旅行を中継するために、承諾した市民にカメラ一式を貸し与え委託しているのだ。
まあ、要するに、どうにかして宇宙、或いは大型シャトルを題材にした特番を組みたいメディアの苦肉の策という訳だ。
だが、これが意外と評判らしく、物々しいナレーションを加えたドキュメンタリー番組より受けが良いらしい。
中継を委託された市民は、別段カメラを気にする様子もなく各々の宇宙旅行を楽しみ、勿論その見せ方はカメラを渡された人によって様々だ。
それが良かったのか、今では一つの連載企画にまで発展した。
もっとも、企画自体が一人歩きしてしまい、市民の中で暗黙のルールが決められるほどメディアの手を離れてしまっているのも事実なのだが・・・・・・。
どうやら今日委託放送に名乗り出た市民は数人の若い男性らしく、中継のために旅行を決めたのではないかと疑いたくなるほど、いやにカメラを気にしている。
というか、放送された映像は無料で当人の手に渡ることになるから、自分たちの姿を映すのは当然といえば当然なのだ。
多少ふざけた会話が入っても、それが人気の一つでもあるから咎める者はいない。
彼らは雑談を交わしながらも、重力が奪われた大型シャトルの中を映したり、申し訳程度に造られた小窓から宇宙空間を映したりしていた。
と、前方に陣取っていた旅行グループの一人が突然声を荒げる。
叫び声にも似たそれは、深い動揺を含んでいて言葉として聞き取ることが出来ない。
目標を探して唐突に動いたカメラのせいで画面がぶれた。
「おい、あれ!!」
誰かが発した声に全員が注目する。
「ま――」
次いで何と言おうとしたかも分からない声。
最後に、中継している人物の息を呑む音が聞こえ、旅行者の動揺の真意を映さぬまま、不意に、映像が乱れた。
激しい衝突音。
人々の悲鳴。
そして映像が、途切れた。
突然の自体に作業を中断したケレスは、画面を凝視したまま呆然と佇んでいた。
ブラックアウトした画面からは無機質な音が流れ、変わりの映像にすら切り替わらない。
数分後、画面は見覚えのあるニュースキャスターを映し出し、切迫した雰囲気の中でキャスターがニュースを読み上げ始める。
「えー、たった今入ってきた情報によりますと、大型シャトル、ラムジェットシャトルが、宇宙旅行中にスペースデブリと接触した模様です。繰り返します――」
捲くし立てるように慌しく読み上げられた文面にそれ以上の書き込みは無く、もう一度同じ文面を繰り返した後、
「新たな情報が入り次第お送りいたします」
と告げたのを最後に映像が切り替わった。
先ほど放送されていた委託カメラの、衝突間際の場面のようだ。
乱れすぎていて映し出されているものすら確認しにくく、はっきり言って見るに耐えない映像だが、これを検証しようとでもいうのだろうか。
同じ映像が二、三度放送されると、再びニュースキャスターに戻る。
「今、新たな情報が入りました。旅行者は全員無事、怪我人も出ていないようです。シャトルの損傷も少なく、幸い、修理を急ぐ必要も無い程度とのことですが、不安の声が高まる中、シャトルのメンテナンスも含め、旅行を一時中断して帰還するとのことです」
一通り読み終えたキャスターが一息ついて目線を上げると、横から別の紙が渡されてくる。
それに瞬時に目を通すと、
「どうやら中継用のカメラが復旧した模様です。中継を繋ぎます」
言い終わるか終わらないかのうちに、画面は見覚えのある船内に切り替わり、旅行中段を言い渡されて、落胆を隠せない人々の表情が映し出された。
この騒ぎでは、次にいつ宇宙旅行に出られるか定かでない。
旅行日が、数ヶ月待ちに逆戻りしたのと何ら変わらない。
帰還する船内では誰もが無言で、静寂が支配した空間に関係者の謝罪の言葉だけが響いていた。
宇宙空間での大型シャトルとスペースデブリの衝突。
この事件は、これまで見ない振りをしてきたケスラーシンドローム問題を再発させるに充分だった。
テレビ内では、軽薄な宇宙開発を非難する声も上がり、同時に、ケスラーシンドローム問題は、開発以前に解決しなければならない最低限の事柄だと主張する輩が現れた。
それに対して開発側は、地球の未来のために開発に臆病になることは出来ないと苦しい言い訳を返すことしか出来なかった。
無論、開発側としても、ケスラーシンドロームは重視すべき問題といえ、その解決策を日々考えている部署も存在する。
しかしその中で、宇宙を軽視するチームがあることも事実だし、ろくに計算もせずに無人探査機を打ち込み、挙句デブリと衝突させて粉砕するという余りにも非道な実態が行われていることもまた事実なのだ。
漸く人々に理解され始めた宇宙が、一部の軽薄な者たちによって壊されていく気がした。
大型シャトルの旅行にしても、その復活を願う声は賛否両論だ。