1.宇宙旅行
「僕たちSG社は、現在進行しているツアー式旅行だけでなく、旅行者と一対一で向かい合い、相談して作り上げる最高の宇宙旅行を提案します。勿論宇宙旅行を、旅行者にとって最高の思い出にするためです」
完成が噂されていた大型シャトルの正式な発表式典に招待されたSG社メンバーは、数々の著名人、或いはマスコミ関係者にまぎれてスケジュール説明に聞き入っていた。
「さて、お集まりの皆様、この度は我らギャラクシー・エースの発表式典に、よくぞご来場頂きました。
ご覧下さい。これが完成した、ラムジェットシャトルです!!」
指し示されたシャトルは、確かに今まで稼動していたものとは比較にならない程の大きさだったが、それでも、飛行機ほどの人数は乗り込めないだろう。
おまけに、大人数を宇宙へ運ぶと謳いながらも、未だに垂直離陸式を採用していて、いかに彼らが宇宙空間でのエンジン開発を重視しているか――言い換えるなら、ギャラクシー・エースの評価向上を目的としていることが伺える。
水平離陸式は随分前から出されている案で、既に計画としても持ち上がっている。その計画を急速に完成させ早まった行動にでれば間違いなく失敗していただろう。
現段階で造れるレベルで、且つ市民の関心を引くには、安全で珍しいシャトルの作成。下手に新しいものに手を出せば、結果的に市民の不安を煽ることに繋がり、最悪、人が寄り付かなくなる。まあ、無難な選択かもしれないな。
つまり、エースともあろう実力団体が保守に回ったのだ。
今はまだその時ではないと悟ったのだろうが、他の開発チームには快く思われないだろう。
「開発よりも手柄を選んだチーム――今に潰されるぞ」
行き着いた結論に小さく毒づくパラスを後目に、説明はまだ続いていた。
「この艦は当初、惑星間を飛ぶ開発用のシャトルとして設計されていました。しかし、我々人類初の大型シャトルの開発者としては、どうしても一般の方に宇宙旅行を提供できるシステムを取り入れたく、艦の一部に住民区を設ける決意をいたしました。
勿論、当初の計画通り、様々な宇宙開発に応用できるよう座席部分を格納可能な設計にしてありますので、大型物資の搬入も問題なく行えます。
なお、この艦は、長期間の宇宙滞在も考慮して造られていますので、皆様には快適な宇宙生活をお約束いたします」
これ見よがしな発言にため息をつくパラス。
「どうしたの?」
「・・・・・・いや」
不振がるケレスに一言返すと、隣のエリスが口を開く。
「パラスは宇宙開発に詳しいから、ここが退屈なのかな?」
「・・・・・・」
その真意が読めず返す言葉に迷ったパラスは、仕方なくシャトルに向き直った。
「ご存知の通り、このシャトルの動力は水素原子です。我々は、大型シャトルの制作にあたり不可欠となる、ラムジェットエンジンの開発に成功しました。
このシステムは、磁場圧縮により集めた水素原子で核融合を起こし、それを噴射することにより飛行します。開発前からの推測通り、長期間の噴射により、光の速さに近づくことも可能です」
正直エンジンの開発だけならどこにでも出来ただろう。
ただ、垂直離陸式の大型シャトルを造ろうなんて馬鹿げたことを考えた者が居なかっただけだ。
「本日は、文字通り惑星間とは行きませんが、月までの旅行をお楽しみ下さい」
声のトーンを上げ、ゆっくりと開いて行くシャトルの搭乗口を指し示す。
「それではこれより、語るだけでは伝わらないラムジェットシャトルの素晴らしさをお見せしましょう!!」
動き出すと同時に訪れる、弾力性のある座席に沈み込んで行くように強力な重力。
あっという間に横を通り過ぎていく宇宙ステーション。
眼前に迫る月。
小さくなる地球の姿は、固定された座席からは見ることは出来なかった。
数日後、SG社メンバーは、いつものようにスペースシップ開発に励んでいた。
穏やかな時間が流れる中、ケレスだけが、いつかのようにイラついた表情で黙々と作業を続けている。
「おいおい、まだ怒ってんのか?」
「月まで行けなかったことに?」
そんな彼に、次々と声がかかる。
「違う――」
言ってケレスは、発表式典に言った時のことを思い出し更に幻滅した。
結局あの時、シャトルは月面に着陸することなく月を旋回して地球に戻ったのだ。
てっきり月に立ち寄るとばかり思っていたケレスは拍子抜けして落胆を隠せない様子だったが、帰り際に見た地球の姿にはいたく感動していた。
「それもあるけど、でも宇宙から見た地球がすごく綺麗だったから・・・」
「――ああ。じゃあ、あれか」
帰還した彼らを待ち受けていたのは、多くの報道陣。
デジャブかと思わせる光景に、SG社はまたもマイクを向けられることになった。
その問答により発せられたケレスの言葉は、放送された番組内で"学生"の唱える理想だと一掃された。
「もう大学は卒業したのに、ひどいよね」
「・・・そういうんじゃなくて」
「ん?」
エリスの的外れな応えを否定したケレスは一呼吸置いて話始める。
「僕の発言がことごとく理想と片付けられてる。まるで、論議する価値のない戯言みたいに扱われて、これはSG社に対する侮辱行為だ!! 冒涜だ!! 僕たちは、彼らを告訴してもいい!!」
口調に力がこもり、次第に拳を握り締めての熱演となる。
「てか、なんで俺"たち"なんだよ」
「侮辱されたのがSG社だからだろ? 当然!!」
「お前、なぜ多くの旅行会社が個人プランを止め、ツアーを組むようになったのか、考えたことあるか?」
「大型シャトルが完成したからだろ?」
「分かってるならなぜ・・・」
「じゃあパラスは、あのラムジェットシャトルを使いたいの?」
「・・・・・・」
「一つくらい、大型シャトルに流されない旅行会社があっても、いいんじゃないかな」
月面に着陸できる段階にないなら、目的地は宇宙ステーションに絞られる。
だけど、ステーションでの滞在を目的とした旅行はきっとつまらないだろう。
それに、移動スピードだけは無駄に上がっていて、直ぐに目的地に着いてしまうし・・・。
流れて行く宇宙空間を艦内からゆっくり眺めることも適わず、まるで地球と錯覚するような駅で数日を過ごす。
だめだ。
今の状況では、ツアーを組むことなんて出来ないはずなのに――どうして。
放課後、ユニ研メンバーが切り上げた展望室で、二つの影が天体望遠鏡を覗いている。
満天の星空を望んでいると、まるで宇宙遊泳しているような気分にさえなる。
「なぜ、僕ではいけないんだ・・・」
ふと零れた声も、大いなる海に擁かれた星々にまぎれて消えてしまった。
「ねえ、ケレスはどうして、完成を急ぐの?」
「――え?」
隣で空を見上げていたエリスからの問いかけ。
「私たちのスペースシップはまだ完成してなから、今はラムジェットシャトルで行くツアーを組んだほうが、SG社も有名になれると思うんだけどな・・・・・・」
エリスの発言に、ケレスは少しだけ苦笑して、
「それはパラスとまったく逆の意見だね。パラスは有名になることを目標にしてないから」
「ケレスも、そうなの?」
「僕は、SG社を有名にしたいよ」
「それじゃ――」
「でも、大型シャトルでの旅行は、まだ早いと思うんだ。考えてみてよ、僕たちのように、宇宙に少なからず期待をしている者にとっては面白いかもしれないけれど、そうでない人たちにとって、宇宙ステーションをただ見学するだけの旅行は面白いのだろうか?」
「・・・・・・お土産も買ってこれないし・・・ちょっとつまらないかも」
「うん。だから、今は敢えて大型シャトルには乗らない。もっと素敵な宇宙旅行が提供できるようになるまで」
「それができるのが、私たちの・・・?」
「ああ。そうしてみせる。だからエリス――」
「?」
「・・・それまで――」
「――ケレス?」
「とにかく頑張って完成させよう!! あ、もう遅いし、そろそろ帰らなきゃね」
「うん。早く完成させて、一緒に宇宙に行こう」
呟かれたエリスの声は、しかし帰り支度を始めるケレスには届いていない。
「パラスの言葉なら、ちゃんと取り上げられたのかな」
先日の出来事をまだ根に持っているのか、ケレスはまたそんなことを行っている。
だが、エリスの反応が無いことを気にしてか、その場を取り繕うような言葉を発した。
「あ、えと、ごめんね? 変なこと行っ――」
困ったような笑顔を浮かべるケレスに、そっと唇を落とすエリス。
驚いて言葉を失う彼に、エリスは優しく微笑みかけた。
「大丈夫。きっと分かってもらえるよ。だから、信じよう」
「・・・エリス」
ありがとう。
僕を、信じてくれて。
地球をほんの少し離れただけで、宇宙を見た気分なんて味わえないよ。
人は宇宙を、知らな過ぎる。