4.宇宙進出《後編》
A.D.2029 冬
数日の宇宙滞在を終えて、ユニ研メンバーが地球に帰還しようとしている。
着陸するシャトルを取り囲むように存在する無数の影に彼らは目を丸くした。
開かれるドアを覆うように集まる人々。
やがてシャトルから降りた彼らは、無数に構えられたカメラとフラッシュの餌食となった。
『え〜、今、降りてきました』
どこかで見たことのある女性キャスターが、シャトルを気にしながらカメラに話しかけている。
『たった今、視察を終え帰還した、SG社の方々です』
「え? え――?」
一体誰のことだと辺りを見回したケレスは、SG社という言葉に目を瞬く。
「私たちの会社、すっごく有名なんだね」
どこか嬉しそうなエリスの発言に、パラスがため息半分に毒付いた。
「あんのジジイ・・・」
犯人はおそらく、彼らが宇宙に出る事実を知りえ、かつ騒ぎに乗じて大学の宣伝を目論む人物。
それが良いニュースなら、なおさらだ。
『早速お話を伺ってみましょう』
「だとさ。ま、がんばれよ。シャチョウ」
近づいてくるキャスターに困惑するケレスの肩を叩いて、パラスは一歩後ろに下がった。
『それでは、改めて紹介しましょう』
報道陣に囲まれたケレスは、考えを巡らせる。
『いち早く宇宙ステーションを視察された、宇宙旅行会社、スペースガーデンの皆様です。皆さんは、国立天文大学に通う現役の大学生なんですよね』
「は、はい」
答えると同時にたかれたフラッシュに目を細めた。
『今回の視察は、やはり授業の一環として行われたのですか?』
「いえ、そういう訳でもないですが・・・」
『ではやはり、宇宙旅行会社としての視察が目的だった、ということですか?』
「はい」
その質問で、ようやくまとまった結論に決意を秘める。
『なぜこの時期に視察を思い立ったのでしょう?』
「宇宙旅行を斡旋する側としては、宇宙ステーションが完全に一般開放される前に視察しておく必要があったからです」
『なるほど、では、今回の視察で宇宙旅行のプランが決まったと考えて良いのでしょうか?』
「ええ。まだ完全とは言えませんが、それはこれから研究していくところです」
『宇宙視察は宇宙旅行会社にとっても意義のあるものだとお考えですか?』
「とうぜんです。どんなに飾り立てても、知らない土地を説明することなんて出来ないんですから」
『確かに、そうですよね』
「はい。これを機に、各国の宇宙旅行会社の視察が活性化すれば良いと考えます」
『ところで、SG社では、宇宙旅行に出る人々の割合について、どうお考えなのでしょう?』
「それは、宇宙旅行会社が依然として繁栄しない現状について、と捉えて良いのでしょうか?」
『――平たく言えば、そうなりますね』
「宇宙旅行への憧れは昔からありましたが、実際に宇宙への旅行が可能になったのは最近の話です。人々がまだ宇宙を良く知らないのが原因だと思います」
『つまり、宇宙をもっと取り上げるべき、ということですね』
「はい。宇宙を身近に感じられるようになれば、宇宙旅行の見方も変わってくるはずなんです」
『宇宙をもっと身近に・・・』
「それから、宇宙開発の進行より、宇宙問題が大きく報道されているのも問題だと思うんです」
ケレスの発言が進むにつれ、キャスターの顔が青ざめて行く。
「未知の宇宙に対する畏怖があるのに、その上様々な問題ばかりが取り上げられて・・・これでは――」
慌てたキャスターはケレスの言葉を遮って最後の質問をした。
『で、では最後に、無事視察を終えた感想をお願いします』
「・・・良い経験ができました。この経験を、今後のSG社の方針に生かしたいと思います」
『どうもありがとうございました』
アナウンサーがインタビューを終え下がろうとすると、カメラの後ろに白いボードを持った人影が現れる。
掲げられた白いボードの文字を見たパラスが思いっきり顔をしかめた。
キャスターが思わせぶりな口調でそれを読み上げる。
『なんと、SG社のメンバーの中に、宇宙開発チームに所属するあのテナー・リートン氏の息子さんもいらっしゃるそうです』
キャスターが示す方角を目で追うと、回りの視線がいっせいにパラスに集中する。
彼は、向けられたマイクに拾われそうなほど大げさなため息をついた。
『今回の視察は、やはりリートン氏の後ろ盾があってこそ実現したものなのでしょうか?』
「いえ。今回の件は、全てSG社の独断です」
『ですが、開発用のシャトルを利用していますし――』
「あれは私の私物ですが、トラブル防止のため、開発用のシャトルと同じ仕様にしてもらいました」
『え? そうなんですか?』
「ええ。もっとも、普段は個人的な旅行にしか使いませんが」
『・・・・・・』
「まだ、何か?」
『それでは、無事に視察を終えた感想をお願いします』
「とても良い経験ができました。この経験を、今後のSG社の方針に生かしたいと思います」
この受け答えが、キャスターを更に黙らせる結果となった。
『え・・・あ、ありがとうございました』
ようやく報道陣から解放されたユニ研メンバーは、大学の展望室に戻ってやっと一息つけた。
同時に、さっきから気になっていた一言を確かめる時間も出来た。
早速確かめようとするケレス。
「それにしても、パラスがあんなシャトルを持ってるなんて知らなかったよ」
「は?」
「? だってあれ、私物だって・・・」
ケレスは、インタビュー時のパラスの言葉を思い出そうとするが、当人に笑い飛ばされたことにより中断した。
「まさか。あんなもん持てるわけねぇだろ。ちなみに個人的な旅行も無理だし、俺の独断もム〜リ〜」
「え?」
「そうだよ。だって始めに聞いてたじゃない。あれは開発用のシャトルって」
エリスにまで笑われたケレスはガックリと項垂れて呟く。
「・・・・・・騙された」
後に放送されたニュース番組では、パラスの発言が全てカットされていた。