3.宇宙進出《前編》
A.D.2029 某日
最近パラスが、ユニ研に顔を出すことが少なくなった。
それとなく聞いてみても、都合がつかないという返答が返ってくるだけ。
そんなパラスを心配しながらも、当のユニ研メンバーは何も出来ずにいた。
A.D.2029 春
俺は今、人生最大の岐路に直面している。
それはユニ研メンバーで宇宙旅行会社を立ち上げて間もない頃の話。
どこからかその噂を聞きつけた父に、
「馬鹿なことやってないで、開発チームに加わったらどうだ」
と、一括。
ろくにメディアに取り上げられもしない、学生が作った宇宙旅行会社の存在が父に筒抜けだった理由は、ここの理事長あたりに聞けば一発だろう。
父の所属する宇宙開発チームは、宇宙開発のスペシャリストが集う、最高峰の開発チームである。
勿論俺だって入りたいし、実際、その開発チームに所属することを将来の目標にしている。
だが、だからといって、誰の息子だからという理由で入るつもりは毛頭ない。
そう言い切れるはずだったのに、俺は今、迷っている。
A.D.2029 夏
宇宙ステーションの拡大に伴い、手伝いに借り出された俺は、以前にもまして、サークルに顔を出すことが難しくなった。
開発メンバーの誘いに答えを出せぬまま、時間だけが過ぎて行く。
そんな折、近年結成予定の火星テラフォーミング専属チームに、父が誘いを受けていると知った。
つまり、そういうわけだ。
俺に、父が抜けた後の穴を埋めろというのだろう。
その瞬間、俺の悩みは一気に吹き飛び、次の日には、メンバーに加わる気はないとはっきり断っていた。
A.D.2029 秋
ようやくサークルに行ける余裕が出来たパラスは、メンバーの二人に土産話を携えて展望室に入った。
「パラス!! もう用事は済んだのか?」
「おかえり。私もケレスも、ずっと待ってたんだよ」
笑顔で出迎える二人。
部屋の中には、パラスがいない間に着々と進行している彼らの計画があった。
「これ、全部二人で・・・?」
「ああ。ほとんど展望室に入り浸ってるからね」
長い間サークルにこれなかったことを申し訳なく思ったパラスは、まず深く頭を下げる。
そして、二人にはこれまでの出来事を話しておこうと決意した。
「実は――宇宙ステーション拡大の計画は知ってるだろ? その手伝いをしていたんだ」
さすがに開発チームに誘われたことは黙っておいたが、その調子で宇宙ステーション拡大の進行状況を話して聞かせる。
まだ見ぬ宇宙に想いを寄せる二人は、そんなパラスの話を興味深そうに聞き入っていた。
「それでな、そのついでに話してみたら、ユニ研メンバーを宇宙ステーションに招待するって言うんだ!!」
「え――!?」
「それじゃ・・・」
二人は、彼が思ったとおりの反応を見せる。
その反応に気を良くしたパラスは、最高の笑顔で彼らに応えた。
「日程だが、今年の冬には式典やら何やらが控えてるから、直ぐに行くことになるだろうな。二人とも、何か用事は?」
「特にないよ」
「私も、大丈夫だよ」
本来なら宇宙旅行は直ぐに行けるものではない。
普通の旅行と同じように手続きも面倒だし、天候によっては延期、あるいは中止となり、飛行機での旅行よりも実現度が低い。
各国で創立されたばかりの宇宙旅行会社も軌道に乗れていない今、急だとしても、宇宙に出られることが奇跡と言える。
「費用は俺もちだから心配ないが――ところで、宇宙訓練は受けてあるよな?」
ある意味、これが一番心配していた問題だったが、
「それは勿論」
「うん」
二人の答えを聞いてから、それが不要な心配だったと気づく。
宇宙訓練と言えば、昔は多額の費用がかかったが、今ではほぼ日常的に受けられるようになっている。
「んじゃ、俺が宇宙ステーションに案内しよう!!」
それから幾日も経たないうちに、宇宙ステーション出発当日が訪れた。
三人が集まってすぐ、知識はあっても、実際の宇宙旅行は初めてだというケレス、エリスのために、最低限の注意事項を教えられる。
シャトル内での体制、宇宙空間での生活の仕方、もしもの時の解決策・・・どれもが当たり前に知っている事のおさらいで、それは、旅行というより、遠足に近かった。
大型シャトルは、まだ通常運転段階に入っていないため、今日の宇宙旅行には、主に開発に使われるシャトルに乗せてもらうことになっている。
元々作業用に作られた上、慣れないうちは宇宙に出るまでのベルト着用が必要なため、まともに外を見ることも出来ない。
回りの景色も見えないうちに、不意に重力だけが奪われた。
明らかに訓練とは違う感覚。
重力のある中で作り出される無重力とは何かが違っていた。
そこから高度400kmには、思ったよりも早くついた。
シャトルの外は宇宙ステーションの中で、見渡せる宇宙空間は既に窓の外の景色でしかない。
眼前に広がるのは、今まで何度も見てきたものと酷似した『ステーション』像。
ここはどこの駅だろう?
まるで地球から、重力だけが消えたような・・・。
その地球の建設物の中に入って、まだ地球から離れていないような・・・。
真っ先にシャトルを降りたケレスは、慣れない無重力に、ハンドレールにつかまりながら駅内を進む。
「まるで、地球にいるみたいだ・・・」
落胆を帯びるその呟きに、パラスは半ば呆れた声を返す。
「当たり前だろ? それを意識して造ってるんだから」
「でもすごく綺麗だよ。ほら、窓の外が、一面星空なんだもの・・・」
エリスは窓辺に寄り添い、少し近づいた星空に満足している様子だった。
早速、駅内にいくつか設置された天体望遠鏡を覗き込もうとしている。
「一面――確かに、この景色を見れただけでも、幸せだよな」
「そうだよ。こんなに素敵な駅、地上には絶対造れないよ」
この駅は地上に浮かんでいる。
だけど、地球の引力に縛られながら、地上を回り続けるしかない。
「まあ、実験モジュールの方は、普通の建造物とは少し違った造りだけど、ここはいずれ一般に開放される場所になるから、そういう配慮も必要だろ?」
「ああ・・・そうかもな」
実験モジュールへの出入りは制限されるから、宇宙旅行と言っても、最終目的地がこの宇宙ステーションということになる。
確かに、この景色は感涙ものだけど、期待が大きすぎれば落胆する者もいそう。
となると『いかにして宇宙の景色を魅せるか』が重要かもしれない。
そうすれば、人々も自然と宇宙に引かれるだろうし、もう一度宇宙に出ようと思ってくれるかも。
何も見えないうちに宇宙空間に出ているというのも、少しもったいないかな。
せっかくだから、スペースシップからの景色も楽しめれば良い思い出の一つになるかもしれないし。
このシャトルに乗りたいと思ってもらえることも重要。
それから、宇宙といったらやっぱり星。
降りることは出来なくても、月を見に行ったり、地球を一周してみるのもいい。
火星は――まだ少し遠いかな・・・?
ケレスは、SG社の今後の計画がびっしりと書き詰められたメモ帳を閉じた。