5.理想
A.D.2030 某日
各国の宇宙旅行会社が設立されてから二年。
宇宙旅行を扱う会社もようやく世界に受け入れられ、少しずつだが、確実にその地位を広げていった。
しかし依然として利用客は少なく、旅行プランも少人数での宇宙見学に限られていた。
A.D.2030 春
先日放送されたニュース番組で、ケレスの発言が学生の掲げる理想論と評価されて以来、彼は黙々とスペースシップ制作に没頭していた。
小型部品の制作が一段落つくと、大掛かりな作業に取り掛かるため廃墟となり現在は使われていない一室の使用許可を貰い、部屋の荷物を一切取り払い広いスペースを確保すると、そこにスペースシップに必要な機材を運び入れるのだった。
「世界を見返すために、僕はこのスペースシップを完成させる」
A.D.2030 夏
それから数ヶ月。
SG社制作のスペースシップは目に見えて完成に近づき、動かないまでも、今や大学の名物と化していた。
これに対し、何度か報道以来が入ったが、ケレスはメディアに関わる一切の報道を拒否。
製作中の機体スペックを世に明かすことを完全に避けていた。
しかし、それらのSG社の対応に不信感を抱いた専門家は、彼らの行動を「遊び半分の学生がやりそうなことだ」と一掃した。
「――何でそんな、頑なに守ろうとするんだ?」
必死になって作業に没頭し、誰の理解も得ようとしないケレスに疑問を抱いていたパラスは、ふと思ったことを口にする。
「別に、守ってるわけじゃないよ」
「んじゃ、隠そうとしてる」
「・・・・・・」
ケレスは少しだけ笑うと、持っていた設計図を掲げて、見比べるようにスペースシップを見上げた。
「完成したら、初フライトで盛大に発表して、この世界に僕らの存在を知らしめるんだ」
「・・・・・・」
「SG社は、夢を夢と片付ける他の旅行会社とは違う――僕らには、夢を実現するだけの力があるんだって」
「――ケレス」
「パラスは僕に、力を貸してくれるんだろ?」
「ああ」
「まだ完成は遠いけど、僕は必ず・・・あの空に――」
A.D.2030 秋
「絶対スペースコロニーが早い!!」
「いや、テラフォーミングだ!! 賭けてもいいぞ」
ケレスとパラスが言い合いをしているおかげで、いつにもまして展望室が賑やかになっている。
その言い争いが、先日放映されていたテレビ番組、多くの著名人がコロニー派とフォーミング派に分かれて意見を交わす特番の影響を受けているのは、誰が見ても明らかだった。
無論、ケレスがコロニー派、パラスがフォーミング派である。
「だいたい、テラフォーミングは現実的で、スペースコロニーが理想論と決め付けられる理由が分からない」
「仕方ないだろ? フォーミングは既に実践段階に入ってるんだ。計画すら立てられていないコロニーを話題に出すのが間違いってもんだろ」
「なら僕たちが、それを造ればいい!!」
「おいおい。あのな、お前のその考え方が"夢見がち"って言うんだよ」
「それを言うなら、永遠に近い時間をただ待ち続けるだけのテラフォーミングを信じてる方が"夢見がち"何じゃないか?」
他愛もない争いだが、エリスはあえてどちらを支持するでもなく、彼らの意見を興味深そうに聞き入っていた。
「・・・――となると、自然と規模も大きくなる。そんなもん造ったら、月の資源だって尽きるって」
「開発が進めば、調達できる可能性もあるし、それに、そのためにリサイクルするんじゃないか」
「重力問題、遠心力問題、その上、人体への悪影響・・・それらを解決できたとしても、コロニーの実現は難しいと思うな〜、俺は」
「でも、実現の早さなら確実にスペースコロニーだよ。惑星に地球と同じ道を歩ませようとしてるなら、たとえ人の手が加わったとしても、数千年以上かかるんだから」
「つっても、火星に関してだけ言うなら、温度さえ下がれば、あっという間に地球化が進行する。そうすりゃ、今の地球以上の大地になるぜ?」
「――問題は、どうやって温度を下げるか、だろ?」
「簡単なことさ」
「マリモでも繁栄させるつもり?」
「ああ、それでもいいな。ま、要するに、温暖化現象を火星で再現すればいいんだ!! そうだろ?」
「・・・・・・」
数時間続いた討論に、ついに黙り込んだケレスを見て、エリスが笑って言った。
「今回はパラスの勝ちだね」
「・・・じゃあ、エリスはどう思うの?」
「私は――」
エリスは少し考えるそぶりを見せてから、空を見上げる。
「月面都市、かな?」
「確かに・・・それが一番早いかも」
「だって、スペースコロニーも、テラフォーミングも、すっごいコストかかっちゃうし――だけど・・・月面基地が完成して以来、月の話題って少ないよね・・・」
A.D.2030 冬
四年の歳月を国立天文大学で過ごしたケレスたちは、普通なら今年で卒業だった。
しかし、彼らが大学で使われていない場所を使用していることと、SG社の名が世界に広まったこともあり、ユニ研の存続とサークルOBとしての大学での開発が許可された。
更に、SG社が有名になったことにより、それまで誰一人として近づくことがなかった展望室に人が押しかけ、結果的に新たなサークルメンバーが加わることになった。
さすがに、SG社に入ろうとする者も、スペースシップ開発に参加しようとする者も現れなかったが、新たなメンバーの出現は、真剣に天文学を学ばんとする熱意の表れに他ならなかった。