2.創立
A.D.2028 春
国立天文大学サークル、ユニバース研究会が発足されて早数ヶ月が経過した。
天文大学にも関わらず、ユニバース研究会の評判は最悪だ。
大学で天文学を学ぶというのに、宇宙を研究してどうする? というのが半数の反応。
パラスは、その意識が気に入らなかった。
彼らには向上心が欠如している。
そんな訳で、サークルの認知度は高いが、展望室のドアを叩く者は未だ現れていない。
学生はただ、二人の生徒がパラスの言動に振り回されていると噂した。
「ねえ、宇宙旅行に行きたくない?」
ケレスは、前と同じ質問をサークルメンバーに投げかけた。
「私は、空を見ているだけで幸せだよ」
エリスはいつかの出来事を繰り返すように同じ答えを返す。
「何? 金か?」
パラスは本から顔も上げずに、飛躍した反応を見せた。
「・・・・・・」
だが話はそれで終わり、彼らは再び各々のやるべきことを優先させる。
そんなやり取りが何度か続いて、余りの反応の悪さに幻滅したケレスは、席を立つと、厳かな風格を漂わせる教壇に立った。
「皆さん! 昨今の宇宙事情について、どう思われますか!!」
まるで誰かのよう教壇を叩く。
驚いたエリスが振り返り、パラスが本から顔を上げる。
「2010年に宇宙ステーションが完成し、15年に月面基地、22年には火星テラフォーミングも開始したというのに、僕らはまだ宇宙旅行にさえいくことが出来ない! この現状を、どう思いますか・・・」
「開発はちゃんと進行してるだろ」
ケレスの演説に返したパラスは、更に続ける。
「宇宙旅行に行きたいなら、宇宙学校にでも通えばよかったんじゃないか?」
「・・・それじゃ意味が無い」
「え?」
「――意味が無いんだ・・・」
呟くように発せられたケレスの声は、しかし誰の耳にも届かい。
「もう少し待て。直ぐに来るさ。誰もが宇宙に行ける時代がな。そしたら、宇宙に家出も出来る」
その言葉を捨て台詞に、パラスは展望室を出て行った。
後には空しい静寂だけが残る。
興味を失ったのか、エリスは再び観測に戻っていた。
A.D.2028 夏
エリスは相変わらず、昼間から薄い空を眺め続けている。
「見えない星を眺めて楽しいの?」
それは天文大学の学生とは思えない発言だったが、ケレスにとっては率直な疑問だった。
「見えるよ。空が明るくても、星はちゃんと見えるの」
「何の・・・ために?」
「――星のため」
彼女は望遠鏡を覗くのを止め、窓から空を眺める。
「星が雲に隠れてしまわないうちに、焼き付けておくの・・・」
「だから、ずっと?」
「うん」
ケレスに向き直り微笑んだエリスは、いつも以上に輝いて見えた。
「僕は君を一番最初の宇宙旅行に連れて行くために、この計画を実行する」
A.D.2028 冬
「サークルメンバーで、宇宙旅行会社を設立しよう!!」
いつものように展望室に集まったメンバーに、突如ケレスが突拍子もないことを言い出した。
「宇宙旅行会社ぁ!?」
「無理かな?」
「そりゃ、設立は簡単だが――運営できなきゃ無意味すぎるだろ。だいたい、何のために・・・」
旅行会社が宇宙旅行にいけるとは限らないんだぞ。などと言ってるパラスを無視して、ケレスは巨大な模造紙に描かれた絵を机に広げる。
「これは、スペースシップの、設計図?」
「ああ。やっと完成したんだ!」
「・・・・・・」
言葉を失って見入っているパラスにつられ、エリスも設計図を覗き込む。
「すごい・・・」
呟いた彼女の声に、パラスが小さく頷いた。
「僕はこのスペースシップを完成させて、一番初めに、エリスを宇宙に連れて行くんだ」
「私を? なんで・・・」
「それは・・・好きだから。僕は――」
ケレスは一瞬、エリスの顔を確認するように盗み見るが、
「星が、好きだから!!」
結局勇気を振り絞れなかった。
「うん。私も、星が大好きだよ」
そしてエリスの笑顔と「大好きだよ」という言葉だけを受け取って、こっそりため息をついた。
「宇宙に行けば、星を近くで見ることができるもんね」
ケレスの言いたいことを察したパラスは、彼の計画に乗ってみることに決める。
「面白そうじゃないか、その計画。俺もそのスペースシップを作りたくなった」
「パラス!」
「私も。宇宙に行ってみたくなっちゃった」
「エリス・・・」
それからケレスは、自らの書いた設計図の説明をしながら、宇宙観についての熱弁を振るった。
昨今の宇宙事情から、独自に解いた宇宙論、更には、未来予想まで、様々な観点からの宇宙を熱く語る。
「最近各国で宇宙旅行会社の創立が盛んだろ? だから僕も宇宙旅行会社を立てようって思ったんだよ」
「だけど、設立はこれが完成してからでも――」
「――なるほど!」
会社設立を否定しようとしたエリスの言葉を遮って、パラスが表にしゃしゃり出る。
「旅行会社がスペースシップを開発するってのも悪くないな」
「だろ? それから将来、独自のプラットフォームを完成させて、そこから僕らの作ったスペースシップが飛ぶんだ!! 後は宇宙開発が出来れば、完璧なんだけど・・・」
「宇宙開発、か」
パラスは宇宙開発という単語に、有名宇宙開発チームに所属する父を思い浮かべるが、少し考えて首を振った。
「直ぐには難しいかもな」
その言葉に落胆を隠せないケレスだが、とにかくまずは、このスペースシップを完成させるのが先決だ。
「ようし、そうと決まれば、スペースシップ制作開始!!」
この日から、彼らの多忙な毎日が始まった。
「これが僕らの、宇宙開発第一章だ!!」
それは、急な用事でパラスがサークルに顔を出せない時のこと。
観測天文科のエリスは、相変わらず星を眺めながら、ふと思ったことを口にする。
「社名はもう決まってるのかな?」
ケレスはスペースシップ開発の手を止めて、彼女に視線を移した。
「SG――スペース・ガーデン」
こうして、宇宙旅行会社が旅行を斡旋しながら、スペースシップを開発するという、SG社の基礎が築かれることとなった。
A.D.2028。
宇宙旅行会社SG社創立。