1.発足
A.D.2027 春
大型シャトル制作の話題が騒がれる中で、この年、国立天文大学を第一志望とする学生が過去最高を記録した。
何十倍の競争率を勝ち上がり、今年大学に入学したケレス・アーリアも、その中の一人である。
『栄えあるこの天文大学で、第一宇宙世代として恥じない天文学者になることを目標とし、勉学に励み、知識を身につけ・・・』
大学にもなって、入学時に新入生代表のスピーチが行われた。
しかし、言葉が進むにつれ、周囲がざわつき始める。
その生徒は、国立天文大学パンフレットに記載されている紹介文を暗記し、一言一句変えずに代表のスピーチとしたのだ。
だが、それを咎める者は誰一人としていない。
彼が有名宇宙開発チームに所属する父を持ち、その宇宙開発チームが大学に融資しているからだ。
この時代になっても、世界はそういうものなのである。
余りにバカバカしいスピーチを終えたパラス・リートンは何食わぬ顔で席に戻っていった。
教室に戻ったパラスは、その一件により人気者の位置を獲得することになる。
エリス・デュスノミアはいつも展望室に入り浸っている。
選択して授業を受けるより、独学で学んだほうが成果が出る。
ここに入学したのも、設備が整っているから、というのが本当の理由だ。
彼女のような生徒は少なくなく、実際、最新の設備に引かれて入学してくる者も後を絶たない。
それでも志望者を入学させるのは、より良い天文学者を育てる為である。
それにしても、展望室には人がいない。
天文大学だけあって、一部屋に二台ずつ天体望遠鏡が設置されているせいか、別棟に作られた展望室には人が余り寄り付かないのだ。
と、突然展望室の扉が開き、エリスは驚いて振り返った。
そこに立つ人物も何故か驚いている。
「君、危ない!!」
彼女が観測に戻ろうとすると、ものすごい勢いで引っ張られた。
「・・・っ!?」
まったく訳が分からない。
バランスを崩したエリスは、倒れるしかなかった。
「・・・ごめん。ただ、僕は――危険だから。太陽が・・・」
「天体望遠鏡、ポイントがずれちゃった」
「・・・ごめん」
「大丈夫。また合わせるから」
エリスは再び天体望遠鏡を覗き込み始める。
「だけどまだ、こんなに明るいのに・・・」
「見えないから、認めないの?」
「え?」
「宇宙は絶えずこの空にあって、私たちを見てるんだよ」
話しながらも、彼女は望遠鏡から眼を離さない。
「・・・僕もソラ、見てみようかな」
「ところで、あなたは、誰?」
帰り際、不思議そうに首をかしげる彼女に声を掛けられた。
「僕は、理論天文科一年、ケレス。ケレス・アーリア」
「私は、エリス・デュスノミア。観測天文科一年です。よろしくね」
それが彼女、エリス・デュスノミアとの、最初の出会い。
A.D.2027 夏
「諸君!! 聞いているか!! 我が校に足りないもの、それは――」
入学時のスピーチを思わせる立ち振る舞いで、パラスは机を強く叩いた。
「向上心だ!! 俺はここに、国立天文大学に必要なものがあると、宣言しよう!!」
一人熱弁を振るうパラスを、他の生徒はまるで面白いものを見るような眼で見守っていた。
それは、偉大なる父を持つ者特有の、見事な空回りだった。
展望室には、今日も二人の影がある。
二人の生徒が、ただひたすらに天文学を学んでいる。
それは教材を読み進めるだけの授業とは、少し違っていた。
「ねえ、宇宙旅行に行きたくない?」
テーブルの上に積み上げられた本を開きながら、ケレスは視線だけをエリスに向ける。
「私は、空を見ているだけで幸せだよ」
「――でもここからじゃ、ソラは余りに遠すぎる」
A.D.2027 秋
展望室には、今日も二人の姿があった。
彼らは一日の大半をここで過ごしている。
選択している授業が終わると直ぐに展望室で研究を始めるのだ。
だが今日は少し違うことが起きた。
不意に扉が開かれ、一人の人物が入ってきたのだ。
初日から妙なことをしでかして、理論天文科において一目置かれる存在となった生徒、パラスである。
パラスは研究熱心な生徒がいることに感動していた。
国立天文大学に入ったからといって、良い天文学者になるとは限らない。
大学はただの、良い履歴にしかならないものだ。
「いつから・・・ここで研究をしているんだ」
パラスの声に、二人が顔を上げる。
「春、から?」
「うん。入学して直ぐからだよ」
「直ぐに・・・ここで?」
パラスは笑った。
俺は今まで何て遠回りをしていたんだと、自嘲気味に笑った。
A.D.2027 冬
国立天文大学には、天文学に関するサークルが一切無い。
以前からそれが異様だと感じていたパラスは、自ら天文学のサークルを作り上げることを決める。
勿論反対などされないだろう。
何しろここは天文大学で、その上彼には、強大な後ろ盾までついているのだ。
案の定、まだメンバーも揃っていないサークルの存在が認められ、活動の場として、現在まともに機能していない展望室の使用を許可された。
「サークルが認められたよ。メンバーは三人でもいいそうだ!! ついでに、展望室の許可も貰ってきた!!」
展望室に戻ったパラスは、この事実をいち早く二人に報告した。
「結構早かったね」
「じゃあ、ここはもう私たちの場所だね」
冷めた返事を返すケレスの声と、本当に嬉しそうに笑うエリスの声が重なった。
「・・・当然だろ。誰も俺に、意見できないんだからな」
そんな二人を見ながら、彼は少し寂しそうな表情をした。
「んじゃまぁ、仕切り直しで――」
顔を上げたパラスは教壇に立ち、大きく息を吸い込むと、
「俺はここに、ユニバース研究会、発足を宣言する!!」
高らかな声を室内に響かせた。