2.理想と現実《前》
それは、ユニケンが消息不明となってから5年程が経過した時だった。
月日の流れは当時の喧騒を嘘のように沈静化し、それどころか、彼らの失踪が隠蔽されたかのようにさえ扱われていた。
それというのも、SG社を再建させてからの時間は目まぐるしく、さらに彼らの失踪に対して、死と直結するには少なすぎる情報に成す術が無かったためだ。
――いや、それは言い訳だな。
少なくともこの宇宙開発業界には、ケレスが行おうとした改革が確実に刻まれていた。
じゃなければ、それまで滞っていたスペースシップ開発に着手する企業が続出するはずがない。
彼らの失踪は事故だったかもしれない。しかし唐突な出来事はときに人の心を顧みさせる。
あの一件が引き金となり、ライバル社同士の争いやプライド、それらの一切が取り除かれたといっても過言ではない。
なあ、ケレス――。
これが、お前の目指した宇宙開発のあり方なのか。
まぁ、気づくのが少し遅すぎたがな・・・・・・。
窓枠から空を眺めたパラスは、照りつける太陽の光に目を細めた。
視界の端を掠めた流れには気付かずに――。
翌日は朝から忙しなかった。
飛来した隕石を解析していた専門家がアポ無しで飛び込んできたのだ。
正直隕石は専門外だ。
だが彼が言うには、それには確かに「SG社、パラス」と読み解くことが出来る文字が掘り込まれているらしい。
そこまで限定されたら否定はしないが、だからと言って俺宛に送られてきたというのは余りに突飛過ぎるのではないか。
「・・・それ、隕石なんですよね」
「ええ」
分かっていながらも口にした疑問は、やはり滑稽な風景を作り出すだけに終わった。
「まぁ、とりあえず伺いましょう」
俺が促すと、彼は隕石と思しき物体を示しながら説明を開始した。
「まず、飛来した鉱物ですが・・・実はこれ、明らかに地球上に存在しない物質なんですよ。我々も色々と検討してみましたがね、無理なんです。まるで、鉱物自体に強固なプロテクトを施してあるような・・・」
「プロテクト? 鉱物にプログラムが施されているとでも?」
「ええ。そう考えるのが自然なんですよ」
地球の常識では計れない鉱物、俺はその物質に少しだけ興味を持った。
「それで、まさか壊す許可を貰いにきたわけじゃないでしょう? 用件を簡潔に、どうぞ」
その台詞を待っていたのか、かすかに口元を吊り上げる。
「指紋認証――ですよ」
「また唐突な意見ですね。あなた、施設の中でも相当な変わり者でしょう?」
「専門家なんてものは、えてして変人の集まりなんですよ」
「・・・・・・確かに」
かく言う俺も、世間では変人扱いを受けてる一人、か。
「で、認証の方法は?」
「分かりません。とりあえず適当に触ってみてくださいよ」
言って隕石を投げてよこす。
「ちょ、それ貴重なものなんじゃ――」
「大丈夫ですよ。叩いても落としてもビクともしない代物ですから」
って、既に壊そうとしたのかよ。
受け取った隕石は、片手に収まる程度の球体をかたどっていた。
重さはないが強度はありそうだな。鉱物というよりむしろ金属に近いのか?
焼け焦げた表面からは、俺宛だと見受けられる文面は読み解けない。
明確な方法も分からず弄んでいると、それは突然、何の予兆もなく崩れ去った。
「な――」
「これは・・・」
砂のように砕けていく物質と共に、中に収められていた物が零れ落ちる。
金属の音を立てて落下したそれは見覚えの無い代物だった。
「指輪――か?」
「そのようですね」
拾い上げて間近で見ても「品の無いほどバカでかい装飾が施された指輪」としか形容できない。
ただ、その裏面にはしっかりと文字が刻まれていた。
――To.Pallas――と。
この物質は一体どこから、どのくらいの時間をかけて地球にたどり着いたのだろうか。
装飾の中央で輝く紺碧は、地球の青さを思わせるものだった。
数日後。
一体どこから嗅ぎ付けたのか、国立天文大学からある噂が広まり始める。
それは「ユニ研の創立者ケレスは、スペースシップを独自に開発し恋人を連れて宇宙に飛んだらしい」というものだ。
まあ平たく言えば、恋人を連れて亡命ってワケだ。
噂はあっという間に世間に広まり、相変わらずの大げさ報道で、ケレスの生存を世界に知らしめる結果となった。
以降「ケレスはまだ生きている」「宇宙に居場所を見つけた青年」などとはやし立てた特番が組まれるほどに、世界は再びケレスに注目していった。
沈静化していたユニケンの再発。
まるで、姿も見せない相手に踊らされているようじゃないか。
俺はその現状が愉快で仕方なかった。
だが、傍観を決め込めたのはそこまでだ。
今の世界にとって「SG社の創立メンバー」という肩書きは驚くほど貴重なようで、結局俺は、失踪した彼らの面影を求めた輩に付きまとわれる破目になった。
そして俺の元に、一つの提案が持ち込まれることになる。
いつものことながら、うんざりしながら入室を促すと、見たような顔が現れる。
「お前は確か――」
だが名前が出てこない。
「ユ、ノ、ー」
「ああ」
・・・思い出した。
「何だ? ジャーナリストにでもなったか? それとも、また"あてつけ"か?」
「違う違う。今回はそんなんじゃなくてね」
――ビジネスの商談。などと言いながら大量の資料を俺の机に投げ出した。
いや、ばら撒いた。
徐に切り出された内容は想像を絶する企画で、口を挟む暇もなく捲くし立てられるプレゼンテーションはさながら客を引き付ける実演販売だ。
やがて満面の笑みで協力を要請するユノーに返した言葉が、
「ケレスの半生を画いた映画ぁ!?」
これだ。
「ええ」
「一体、何の冗談だ?」
「実はあたしってさ、シナリオライターだったりするんだよね〜」
「なんでまた・・・」
「でも面白そうじゃない?」
「・・・・・・」
「じゃ、そういうことで。SG社創立メンバー監修!! って書くからね」
「おい、何勝手に――」
「じゃ、そういうことで!!」
そして彼女、ユノー・ヘラは、いつかのように唐突に去って行ったのだった。
やるとなれば当然、映画化したい当人が実在しない状態での制作になる。
俺にケレスや、エリスの代わりを務めろというのか。
残された資料に示された文字は、俺に何かを催促をするかのように書き殴られていた。
ふと、机の端に立ててある写真に目を向ける。
ユニケン完成時に、スペースシップをバックに三人で撮った写真だ。
結局一度も乗れなかったことを悔やんだこともあった。
もう一機作ろうとして、一日中設計図を眺めていたこともあった。
それもどうでもよくなって、最後は全てを諦めようとした。
そのまま記憶から薄れゆくように、静かに幕を下ろしてしまおうとすら考えた。
だけど、誰もがSG社を潰させようとしなかった。
それは誰の人徳だ?
俺じゃない――それは確かだ。
・・・・・・・・・・・・。
そうだ。
彼女の胸元で輝いていた碧は――まさにあの指輪のような装飾ではなかったか?
俺は引き出しに仕舞っておいた指輪を取り出すと、写真の中にあるエリスのそれと照らし合わせてみる。
大きさこそ違うが、施された装飾に大差ない。
まさしくこれは宇宙からの贈り物だったわけだ。
俺に指輪なんてはっきり言ってどうかしてるが、まぁ、二つ作るついでにでも作ったんだろう。
サイズが合うかは別として、さすがに指にはめる気にはなれなくて、適当な鎖を通して首に掛けておくことにした。
首元を軸に加わる重力の感触に、改めて彼らの意思を託された思いだった。