3.理想と現実《後》
――ユニ研の発足者ケレスは、恋人を連れて宇宙に亡命した。
それが決定的な事実として人々に認められた瞬間、彼は英雄として世界に認められることとなった。
ケレスの半生を画いた映画が上映されたのも、この頃である。
映画制作が一方的に告げられてから数日、仕方なく現場に足を運んだパラスは瞬間目を見張った。
個人のドキュメンタリー映画を撮るには余りに多すぎる人数、そして、シナリオライターと言いながら明らかに現場の指揮を執っているユノー。
その全てに一種の気持ちの悪さを覚えていた。
「あ、来た来た」
「・・・・・・」
「パラスはこっち。監督だからね?」
「・・・・・・は?」
――カントク?
「はい。台本出来ました。これからよろしくね!」
言って、無理やり台本を押し付けられる。
「なぁ・・・俺さ、一応SG社の代表なんだけど?」
「だから?」
「だからって、社長よ、社長〜」
「でも実際暇でしょ? 大体成り行きで引き継いだような学生上がりが、人を転がせるわけないじゃな〜い」
「・・・・・・」
その通りだ。間違ってない。だがその言い方は失礼だろ。
とは思ったものの、現に大人数を仕切っているこの女に意見する気になれなかった。
「ケレスのお陰で手に入れた肩書きだもの、いい恩返しになるわよ、ね?」
「まぁ・・・かもな」
一体何なんだ、この女は〜!!
「はい。という訳で、今日は制作発表会を兼ねた挨拶みたいなものだったのよ。じゃ、解散!!」
号令と同時に散っていく人々。
ここではまるで、俺の存在などちっぽけなもののようだった。
確か、俺が関わっているという事実が世間に影響を与えるんじゃなかったか。
奢っている訳じゃないが、それなりの扱いは覚悟していた。
はずだった、が――。
まさかスルーされるとは予想外だ。
「目立つの嫌いみたいだから、全てあたしが手配してあげたのよ。感謝しなさい」
「・・・・・・」
本当に何者なんだろう、この女は――。
「さあ! 今日はミーティングよ!!」
召集を受けた俺が渋々と集合場所に顔を出すと、開口一番ユノーが拳を振り上げた。
室内は、だだっ広い部屋に不釣合いなほど閑散としていた。
というか、なぜこの女しかいない?
「・・・何だこれ?」
「何って、監督とシナリオライターの打ち合わせでしょ!?」
「って、何?」
「えぇ〜、基本でしょ〜?」
「・・・・・・」
仕方ないので、ため息をついて着席すると、改まった口調で話し始めた。
「でね、いくら本人がいないとはいえ、プライバシーは守られるべきだと思うのよ」
「・・・そん中には俺もいるわけだがな」
「だから、それぞれの性格に多少の変化をもたらすべきなのよ」
「結局、描くのはケレスの半生なんだろ?」
「ええ。まあ、要するにあたしが言いたいのは、微妙に変化してる三人の関係に違和感持たれちゃ困るのよね。ケレスの半生を謳っておきながら捏造疑惑なんて発覚したらこの企画お仕舞いよ」
「そこでこの俺、ユニケン発案者にしてSG社創立メンバー、パラス・リートンの出番だ」
「分かってるじゃない。そうよ、あなたの協力が不可欠なのよ!! 一緒に口裏合わせましょう!!」
「ふざけんな。馬鹿にしてんのか?」
己の利益のためにSG社を利用しようってのか? 侮辱するのか、俺たちのやってきたことを!!
憤りも露に席を立ち、呼び止める声も振り切ってそのまま出口に向かう。
「それがSG社・・・いえ、ケレスの意思――と言っても?」
「――何?」
不意に落とされた声のトーンに思わず動きが止まった。
「持ってるんでしょ? 指輪。生きてるって信じてるから」
「お前にも、届いたのか?」
振り返ると、まっすぐに俺を見据えるユノーと目が合った。
「行動を起こすなら今。世界は再びSG社に、ユニケンに目を向けている」
「一体、何が目的だ」
「何も。ただ、あたしがやらなくてもきっと誰かがやるよ。もう彼は、世界の英雄なんだから」
「・・・そうか」
そうかもしれない。
だとしたら、俺の目の届かないところで勝手に脚色されるよりはマシ、か。
なるほど手を組む理由としては上等だな。
「分かった。ただし、こちらからの条件も呑んでもらう」
「それは?」
「無論、俺の全面協力だ」
途端満面の笑顔を浮かべるユノーに、俺はなぜだか嵌められた気がしてならなかった。
その日から本業もそこそこに、俺の出来る全てをかけて没頭した。
パラスの完全監修を呼び文句にしたいなら、それくらいやらないと生ぬるいと一掃される。
そもそも今の俺がSG社に残って出来ることなど高が知れていた。せいぜい書類のチェックか、重要会議への形だけの出席。
分かっているさ。優秀なのは俺じゃないってことくらい。
だったらせめて、英雄を世界に留めるために働きかけるだけだ。
「どうだ?」
再びユノーと顔をあわせた俺は、新たなシナリオ構成に目を通している彼女に聞いた。
ちなみに最初に渡された台本は、疑惑と言うより既に捏造が大半を占めていたため俺自ら構成し直す羽目になった。
「――悔しいけど、面白いわね」
「そこに書いたのは事実だけだと思ってくれていい」
「なら、これにちょっと脚色すればいいものが作れるかもしれない」
「そうか」
「でも問題は、どこまで・・・ってことなのよね」
「またプライバシー云々の話か?」
「ええ」
「まあ、確かにプライバシーは守られるべきだ。だが、有名人のプライベートはことごとく守られた例がない」
「それは、つまり・・・」
「ケレスにはそれを覚悟してもらわないとなってことだ」
「全てネタにしてもいいってことね」
「そういうこと」
結果から言えば、映画は多大な注目を集め大成功を収めた。
ただこれは、ケレスの失踪あってこその未来だった。
あいつは文字通り自らの存在をもってSG社の未来を決定付けたのだ。
しかも下手すれば誰からも理解されない、酔狂としか思えないやり方で。
ケレスの言動の全てが、この未来を予見しての発言だったというのか。
この、恐ろしい程の勢いで進化を続けるSG社という企業の成功を。
改めて眺める失踪前の映像は、まるでその失踪さえ組み込まれたスケジュールだったと示しているようだった。
A.D.2040
SG社の創立者にして世界の英雄、ケレス・アーリアの半生を描いた映画が上映される。
当時から後世に残すべき作品だと評価され、後に何度もリメイクされる名作となる。