P×C Game_feat.大崎千尋_07

高校決定までの期間が若干ずれていた生徒は、春休みに制服の寸法を測るために学校に呼ばれた。
何もかもがギリギリで慌しい。
ついでに寮に住む予定の生徒はその手続きも済ませることになっているが、大崎は、家から出られても門限という名の不自由に縛られる寮は選択肢から除外していた。
そもそも監視下からハッキングを試みるなど自殺行為だ。
幸い学校近辺に学生が利用できるようなアパートが点在していて、いくつか回った後で一番無難なところを選んだ。
これといった拘りもなく、ほぼ見た目重視で決定した室内に、ヤエたんとの同棲生活を思い描いてみる。
大した荷物も持たずに引っ越し、その日のうちにいくつかカメラを設置した。
PC内、リアルタイムで映し出される自身の映像の傍で架空の妹が生活している。
手を伸ばせば触れられる距離。感触がなくても満たされる心。
webカメラ越しの映像だと、ちょうど大崎の後ろからモニターを覗き込んでいる彼女に微笑むと、照れたようにはにかんだ笑顔を返してきた。
これは萌え死ぬ。
自分だけの要塞の完成に一人満足した大崎は椅子に持たれかかって伸びをした。
天井にはヤエたんのポスター。システムが完成したら真っ先に作ろうとしているキャラクターでもあった。
至福に浸っていると耳に入ってきた雑音が、アパートの薄いドアを叩く控えめなノック音だと気づくのに暫くかかった。
「はいは〜い」
大崎が上機嫌のままドアを開けると、なぜか息を切らせた女子生徒が立っている。
「……部屋間違えてませんか?」
「あ、あのっ、大崎君の後、つけて来ちゃった。ルームシェアしてもいいよね?」
「え……?」何を言っているのか分からない。
「私、覚えてませんか? 幼馴染の――」
だが、親しい女子も幼馴染もいない大崎に隙はなかった。
「その設定なら、名前にちゃん付けがデフォだよ」
「――そうだね。千尋ちゃん」
…………。
そうですか、続行ですか。
自称幼馴染の正体を鈴里のキャラクターだと見抜いた大崎が部屋に入るよう促すと、彼女は脱いだ靴を綺麗にそろえてから向き直った。
鈴里? 本当に? 確信のもてない情報に決定的な何かを探している。
「それで、何?」
「うん。あのね、今日はルームシェアをお願いしようと思って来たんだよ」
普段とは違う饒舌さに、作りこまれたキャラ設定を感じる。しかしまだツッコミを入れる段階ではない。
「え、寮は?」
「それがね、寮はもう人がいっぱいで、近くの人は通えって言うんだよ。酷いよね」
「そうなんだ〜」
頭の悪そうな言い回しに、ついこっちまで間延びした相槌を打ってしまう。
「でも私、もう家を出るって決めてるし今さら帰れないし、一人でアパートなんて借りられないし……」
ふと違和感の正体がその一人称だと気づいた。
「それで、何で僕なの」
「だって私、千尋ちゃんしか頼る人いないから。迷惑だった?」
「いや、部屋は一つ余ってるけど……親には寮に入るって言ってあるんでしょ?」
「私、両親いないんだ」
嘘をつけ。
「ダメ――かなぁ?」
「……」
「私、何でもできるよ!」
「何ていうか、個人のプライベートは守られるべきだと僕は思うんだ。だから、人のプライベートに土足で踏み込んでこないならいいよ」
「うん。約束するよ」
こんな口頭での約束が意味を成さないことなど分かりきっている。
荷物を持ってくると言って帰っていく彼女に大崎は何も言えなかった。
訪れた静寂に、高揚していた気分もすっかり萎えてしまう。
キィ―――パタン。
液晶越しの世界で生活する妹の姿を眺めていた大崎を現実に戻したのは、またしても雑音だった。
滑りの悪い金属を擦り合わせるような不快な音が断続的に響いている。
キィ―――パタン。
一体何の音だと玄関口まで確認しに行くと、郵便受け用の細い隙間から二つの眼が覗いていて心臓が跳ね上がった。
大崎に気づいてドアから顔を覗かせたのは妹計画の同士である笠井で、例によって衣装が入っているであろう紙袋を持っている。
「コレ」
嬉々として広げられた衣装の出来は相変わらず素晴らしい。
「もう出来たの?」仕事が速すぎる。
「いやー、俺も期待してる計画だからさ。てか、さっきの誰?」
「ああ、あれは、ただの――お、幼馴染だよ」
「マジで?」
「……うん」
「ま、とりあえず今日はこれだけ。計画のミーティングならいつでも参加するぜ。集合はココな」
笠井が音もなく去った後、手元に残された妹計画用の衣装に目を落とした。
雰囲気だけ伝えてデザインを一任したら、出来上がった衣装はどことなくヤエたんがイメージされているように見える。
笠井GJ!
大崎は一頻り衣装を抱きしめた後、部屋の壁際にそれを掛け、アニメだとこんな風に制服が掛けてあるよな何て考えていた。
「――千尋ちゃん」
どのくらいそうしていたのか遠慮がちに掛けたれた声に振り返ると、多分鈴里であろう人物が自称幼馴染キャラの姿のまま申し訳程度荷物を持って佇んでいる。
そろそろ日が落ちる時間のようだが、そう言えばこのところ闘神の出現率は低下の一方だ。
彼が何を目指しているのか、いよいよ分からなくなってきた。本格的に女装にでも目覚めたのだろうか。
「そのキャラ、何て呼べばいいの?」
問いかけながら、空いている部屋に案内する。本当に何もない、まっさらな部屋だ。ちなみにカメラも設置していない。
「名前ってそんなに大事かな」
「でも必要でしょ?」
「そだね」
それから部屋の見取り図とカメラの位置が書かれたプリントを渡して大崎は部屋に戻った。
ルームシェアなんていっても、互いに干渉しあわなければ一人暮らしと変わらない。まして相手は、大崎の計画を承知している協力者なのだ。
よもや壊す気などないだろうが、ほぼ居候の鈴里が暴動を働いたところで自分の立場を悪くするだけだ。
それにしても、と大崎は最近の鈴里の行動について考える。
多重人格……なのだろうか? いや、設定を確立させた、と言った方が近い気がする。
鈴里ゆずは何かに依存して生きている。
闘神がそうだったように、対象となるものには総じて明確な答えが用意されているはずなのだ。
妹については容易に理解できる。
だが幼馴染は? 誰から、どこから持ち出した情報だろう?
見るからに活発なタイプではない、おしとやかな箱入り娘――世間知らずのお嬢様。令嬢。社長、令嬢。
社長令嬢?
引っ掛かりを感じた大崎は必死で記憶の糸を手繰り寄せる。
――あ。
紺野唯奈!!
やがて浮上した名前は、以前鈴里からの依頼で調べた女子生徒のものだ。確かにあの中にはそれなりの情報が書かれている。
でも、まさか……。
確信はもてないが、確かめてみる価値はあると思った。
一つの仮説に行き着いた大崎はPCに向かった。

 feat.大崎_07【大崎はルームシェアを始めた!!】 完。