P×C Game_feat.大崎千尋_08
大崎は、全てを確認するために即席で作ったデータを持って隣の部屋に急いだ。
ニ、三度ノックすると顔を出した鈴里はまだ例の幼馴染キャラを貫き通している。
「プライベートは守るべき、じゃなかった?」
「妹計画のミーティングに付き合ってよ」
「いいよ」
これが女子だったら良かったのに、などという妄想は振り払って共同スペースに場所を移し、テーブルの上に用意した資料を並べた。
「計画の協力者として、妹がいなくなった経緯を知っておいて欲しかったんだ」
一呼吸して、大崎は語り始めた。
あれは今から――何年前だろうか。
全ての事柄は、待ち受けにしていた妹の写真を彼女と間違えられたことに起因する。
「この可愛いの誰?」
「い、妹だよ」
「いやいや、お前の妹がこんなに可愛いわけがない」
結果その写真は、彼女、或いはそれに相当する存在と認知され、否定も訂正も出来ないまま数日が過ぎた。
悪乗りはやがて妹の耳に届き、訂正を余儀なくされた大崎は妹をモデルにあるソフトを開発中だと公表し、その他の写真を知り合いに晒してしまう。
そのソフトとは勿論、完全3D化された妹が普通に生活を送るだけという内容の現妹計画の先駆けである。
計画を暴露したことにより勢いを得た大崎は、家中にカメラを仕掛け妹の監視体制を強化、彼女の行動をPC内のデータとリンクさせることに成功した。
カスタム仕様を実装することにより、音声、生活パターンを入力すれば自分好みの彼女を作り出せると吹聴し同士を募ると、次第に拡大していく評価。
そしてついに、数名の賛同者を集めてミーティングを開くまでに至った。
開催場所は大崎の実家。
完成に近づいた妹計画を披露する予定だった。
計画の話で盛り上がっていると、騒ぎを聞きつけ部屋を覗いてくる妹。
「ちょっと、煩いんだけど」
リアルな妹の出現に周囲は色めき立ち、PCに映し出された自身を見て目を見開く少女。保存された無数のファイル。
「何、これ」
凍りついた視線の先で、液晶越しの妹が自室で着替えを始めた。
直後、無残にクラッシュするPC。
あまりの剣幕に帰宅していく友人を後目に、一人残された大崎は気まずい状況のまま妹と二人きりになってしまうのだった。
「どういうことか、説明して」
地を這うような声音に冷や汗が流れる。
「ち、違う。これはあくまで個人的な――いや、だから、一時的な試作品なんだよ」
「でも公開してんじゃない!! ふざけんな!!!!」
「だから、違うんだって!!」
「あ〜もう!! こんなストーカーと一緒に暮らせない!!!! あたし、留学するから」
「え?」
「別にアンタのせいじゃないんだからね。話はあったけど、悩んでたの!! でももう決めた」
そして彼女は渡米した。
「っという訳なんだよ」
凄惨な過去を吐き出した大崎は、いっそ清々しい顔で目の前の幼馴染に目をやった。
「うん。こういうの何ていうんだっけ。あ、そうだ。設定乙」
「どど、どうして設定だと思ったのかね。設定じゃないよ!」
「設定乙」
「だから設定じゃないよ! とにかく、昔は本当に仲が良かったんだよ。僕はあの頃の妹に戻ってきて欲しいだけなんだ」
すかさず妹の詳細な情報が書かれた文書を鈴里の前に提示して続ける。
「妹の情報って、計画に必要だよね?」
「そだね。貰っておくよ〜」
よし!!
「じゃあ、ミーティングはこれで終わり」
「あ、千尋ちゃん」
席を立った大崎は不意に呼び止められ動きを止める。
「おやすみ」
「……ああ、お、おやすみ」
クッ――卑怯な手を使いおる。
そのまま自室に戻って、色々とありすぎた一日を振り返ることもなく眠りに落ちた。
その夜。
彼は理想の夢を見た。
そこには妹がいて、幼馴染がいて、先輩がいて、二次元でしか体現できない生活が当たり前のように用意されていた。
目覚めたくない。
大好きなヤエたんの声が意識を覚醒に導いても縋り続けていたかった。
「お兄ちゃん!」
そこに混じる不協和音にうっすら目を開けると、ぼやけた視界に人影が映る。
「お兄ちゃんってば!!」
その唇が紡ぎだす言葉を理解した途端、心臓が跳ね上がった。
まさに夢のようなシチュエーション!! だが、何かがおかしい。
「……誰?」
聞かなくても分かっている。考えられる人物など一人しかいない。
「昨日、起こしてって言ったのそっちじゃん」
言ってない。でも――書いた気がする。
「鈴里――なんだよな?」
「お兄ちゃん、まだ寝ぼけてる? 朝ごはん出来てるから早く食べてよね。遅いからアタシ先に食べちゃったよ」
よく出来た妹だ。夢に出てきた理想の妹に良く似ている……。
大崎は彼女の手を取って部屋の外に締め出した。
そのまま鍵を閉めて立ちすくむと、心臓が早鐘のように鳴っているのに気づく。
起抜けの朦朧とした頭では、何が起きているのか理解することすら難しい。
まるで、自分以外の何もかもが改変されていくような、自分だけが取り残されていくような、そんな言い知れない恐怖を感じた。
嘘だろ?
僕の、せいなのか? 僕がそう望んだから? 僕があんなこと考えたから? あんな夢を見たから?
大崎は、自分以外の全てが知らない存在になっている世界を想像して、直ぐに頭を振るとその思考を振り払った。
そんなはずはない。あるはずがないんだ。だけど僕は、確かめなければならない。
ドアの外に誰もいないことを確認して廊下に出るとダイニングに向かう。
テーブルに並べられた絵に描いたような洋風の朝食にふと思い出す、薄情な妹はいつも先に食べ終わっているという、設定。
苦笑して妹の部屋の前まで行くとノックを数回、返事がないのでドアノブに手を掛けるとカギは掛かっていなかった。
「ちょっ、勝手に開けないでよ!! プライベートがどうとか先に言ってきたのそっちじゃん!!」
「ご、ごめん」
開けると同時に飛んできた怒鳴り声とクッションに反射的にドアを閉める。
一瞬、部屋の中に見えたプリントは、恐らく昨日大崎が渡した妹の詳細が書かれたものだ。
「やり通すつもりなのか?」
だがこれで一つ確信がもてた。鈴里のキャラクターには必ず模範が存在するということだ。無から有を生み出しているわけではない。
内側から控えめに開けられたドアから顔を出す妹。
「何か用事でもあるわけ?」
少し不機嫌そうな声音、追い求めた理想がそこにある。
でも、こんなことがしたかったのだろうか? 本当にこれが、望んでいた答えなのだろうか?
真面目に話し合う機会を設ける必要があると判断した大崎は、彼を正気に戻す方法を必死で探した。
一番簡単で手っ取り早い方法は、感情的になること――怒らせてしまえばいいのだ。
「お前さ、何考えてるか分かんないし、気持ち悪いよ」
最低な暴言を吐いた。女装がどうとかそういうことが言いたいんじゃない。ただ、気持ちが付いていかない。
「ちょっと、意味わかんない。それ妹に言う台詞?」
「お前は俺の妹じゃない」
「嘘!! だってアタシちゃんと覚えてるよ。お兄ちゃんとっ――!! お兄ちゃんと……」
「僕と――何?」
語れるはずがない。そんな設定は存在しないのだから。
「アレ? おかしいな。きっと忘れてるだけだよ」
「……」
「直ぐに思い出すから――」
「もういいって」
記憶を探るように泳いでいた視線が止まり、変わりに現れたのは明らかに不安を帯びた表情だ。
思い出せない過去から来る不安か、依存できる存在を失うことへの不安なのかを断言することは出来ない。
「そもそも僕はお兄ちゃんじゃないし、勿論幼馴染でもない。自作キャラクターを彼女とか妹とか言って自慢して、リアルに二次元を見出そうとしてるただのキモオタだよ。架空の妹をプログラミングしてPC内で生活させて、妹計画なんて呼んで……そんなの全て僕の創造だ。大したイメージも出来なくて、拠り所を求めていただけなんだよ。妹なんて、いるわけないじゃないか。設定なんだよ。全部。分かってたんだろう……」
「知らない。分からない」
聞きたくないと耳を塞ぐ妹に届くように、大崎はいつもより少し声を張った。
「聞いて。だからちゃんと、話したいんだ。鈴――高坂と」
暫しの沈黙。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「え――?」
「アタシのこと、ホントに男だと思ってる?」
「……」
鈴里が分からなくなった。
得体が知れないと思った。
初めて、怖いと思ってしまった。
「今の鈴里は、本物なの――?」
つい口走ってしまった台詞で、何かを壊した気がした。
feat.大崎_08【大崎は混乱の状態異常にかかった!!】 完。