P×C Game_feat.大崎千尋_06

無事中学を卒業した大崎は、何の気なしに卒業アルバムに目を通していた。
寄せ書き欄に書かれている言葉はたわいないもので、また会えることを予期しているようなものばかりだ。
それまで一緒にいた友人は、あっけないほど簡単に公立高校に受かって行った。
つまり彼らは、深夜アニメをリアルタイムで視聴していると言い張りながらお勉強をしていたのだ。
だが僕に言わせれば、それでは見たと言えない!! あいつらはリアルタイムの素晴らしさをまるで分かっていない!!
裏切られたという感覚がなかったわけじゃない。
けれど結局、優柔不断な大崎という人間が親友を切り捨てる覚悟を決められるはずがなかったのだ。
卒業式当日に行われた気が滅入るようなやりとり。
「大崎お前聖賢に行くんだって?」
誰から聞いたのか、吹聴しなかった進路が筒抜けだ。
「うん。まあ、僕もいつまでも遊んでられないしね」
「そっか。仕方ないよな」
仕方ない……そうだ。仕方なかったんだよ。
そう自分に言い聞かせた。
「ま、まあ、僕みたいに将来を約束された人間は――なんていうか、色々あるんだよ……」
最初から諦めて選択肢から除外した受験高。
そこを受けなかったことを――受けられなかったことを悟られたくないなら、天才になるしかないじゃないか。
優等生になって、己の進むべき道の為に彼らを切り捨てるしかなかったと、思い知らせてやりたかった。
或いは落ちることを恐れずに立ち向かっていれば、何かが変わったとでも言うのか。
例え数パーセントにも満たない確立だったとしても……?
いや、今さら思い直したところで、何もかも遅いではないか。

ピンポーーーーン。
来客を告げるチャイムが大崎の思考を遮った。
鈴里なら勝手に上がり込んで来るはずで、暫く居留守を決め込んでも一向に返る気配のない客人に渋々応答すると、玄関先に佇む人物を目にして言葉を失った。
「ただいま、お兄ちゃん」
挑発的な視線が大崎を射抜く。
それはまさにサイバースペースから具現化したとしか形容できない存在、触れようとして無意識に動いた手が空を切った。
自己嫌悪に陥った大崎は、ばつの悪そうな顔で俯いて、問い掛ける。
「な、何をしているんですか、鈴里さん……?」
人違いが許されないプレッシャーからか声が震えた。
「アレ? 妹に似てない?」
「え――あぁ……何ていうか……その……」
「何、ソレ?」
彼女は大崎を覗き込むように見上げて首を傾げた。
「こっちは妹になる覚悟までしてきたのにな〜」
「まあ、とりあえず上がってよ」
妙な言動は全てスルーの方向で対応するつもりが、部屋に辿り着いた直後に心が折れてしまった。
「今日おかしくない?」
適切かどうか分からない言葉を投げかけながら、気を紛らすためにPCを操作する。
「妹のイメージじゃなかった?」
「いや。何か、楽しそうっていうか、何ていうか……」
「別に。ただ一人っ子だから、兄弟ってちょっと憧れだったんだ」
「……」
初めて本来の姿を垣間見た気がした。そう思えるほど今の彼女は自然体で、本当はこんな風にありたかったのだろうかと錯覚させた。
「ねぇ、その、胸。どうしたの?」
「コレ? 勿論ニセモノだよ」
「そっか……」
服の上から胸を撫でる姿を見ていられなくて視線を外す。
一度頓挫した計画を再発させるのは難しい。停滞させた時点で心が離れてしまっているからだ。
だけど、鈴里は今日も妹であろうとし続けている。
「琴――」
意を決して口を開くと同時に駐車場から聞こえたエンジン音に弾かれたように顔を上げた。
窓から外を伺うと一台の車。
嘘だろ? 何で今日に限って――。
「どうしたの?」
「……ごめん。母さん、帰ってきたみたい」
変に動揺して嫌な汗が背筋を伝った。
「出てもいい?」
「ダメ」
「騙せるか、試してみない?」
「絶対ばれるって」
興味を失ったのか、ベッドに腰を下ろしていた鈴里はそのまま後ろに倒れこんだ。
目にした絶対領域にニーハイの良さを再確認した僕は死んだ方がいい。
「今日のところは、解散にしよう」
「分かった」
反動をつけて起き上がる姿がトリッキーな戦闘を仕掛けていた闘神と重なる。
母親と鉢合わせしたくなくて、部屋に入ったところを見計らって外に出る計画を立てたが、それも失敗に終わった。
「友達?」
「うん。来てたけど、もう帰るって――」
背後からの声にぎこちなく振り返ると、顔を出した鈴里が小さく会釈しているのが見えた。
半ば逃げるように外に出て、溜息をつく。
「ごめん。今度は綿密な計画立てとくから」
「まあ、いつでもいいけど」
去っていく鈴里を暫く見送っていたが、途中で振り返って手を振ってくれるというシチュは期待出来そうになかった。
諦めて踵を返すと背後から呼び声、壁の影から現れた人物に目を見張った。
「ちょっ、ちょ、誰? 今の――誰!?」
「そこで何してたの?」
「ああ、借りてたゲーム返そうと思ったら、女と出てきたから」
「……」
本当にタイミングが悪い。今日は厄日だろうか。
「まさか、お前が聖賢に行くのって、今の女と関係がある……のか?」
「どうかな」
「彼女が出来たから俺たちを捨てたんだな!? こんの裏切り者ー!」
「違うって。僕は嘘でも彼女に惹かれることなんてないだろうから、気になるなら当たってみれば?」
まあ確実に砕けるだろうけどね、物理的な意味で。
「え〜、じゃ誰、今の」
「マジレスすると、彼女は僕の妹計画に賛同してくれた一人だ」
「おお! ついにあの計画が復活する時がきたのか」
「ああ。ついては妹計画賛同者のお前に衣装調達を頼みたい」
「ラジャ」
嬉々として敬礼すると、音もなく消えた。
後で妹のサイズを送っておこう。
ちなみに今のは数少ない友人の一人で、何故かキャラクターの等身大衣装を作り続けている人物だ。細部まで精巧にデザインされていて、ありえないプロポーションの衣装を何度か見せられたことがある。
一体何の目的で作成しているのか知らないが、趣味が高じて被服系の高校に進学したらしい。
結局、彼女が"彼"であることは言えなかった。それが酷い裏切りに思えたからだ。
返されたゲームを手に玄関を開けると、まだそこに母親の姿があった。
「……」
言葉の出ない大崎はただ押し黙る。
先に沈黙を破ったのは母親の方だった。
「あの子なの?」
「違う」
「ねぇ、あの子にはちゃんと話してる?」
「だからっ……」
「あの子の両親は――」
「煩いよ、もう!!」
母親を押しのけて自室に入ると直ぐに鍵を掛ける。ドアを背にしたまま座り込んで両耳を塞いだ。
攻め立てるような母親の声は、もう追いかけてこなかった。

 feat.大崎_06【大崎は不運の状態異常にかかった!!】 完。