P×C Game_feat.大崎千尋_05

「僕はお前の正体を既に見切っている!! 病弱で引き篭もりで入院患者の高坂だということをな!!」
大崎はアポ無しで家を訪れた鈴里ゆずに対し、大げさな身振り手振りを交えてそう言ってやろうとして、やめた。
考えてみれば相手は僕に借りを作ったままだ。下手に刺激するのはやめよう。
「今日は何か?」
「っていうか報酬、まだ払ってなかったなって思って?」
言葉を選んでいるのか、虚空を見ながら頬にかかる髪を遊ばせている。
ついいつもの調子で、そういう仕草が妹っぽいよな、なんて考えてしまった。
「そう言えば、そうだったね」しかし妹計画の話を出す覚悟はまだできていない。
「考えたんだけどさ、こういうのはどう?」
どうするか悩んでいると、珍しく鈴里の方から話を持ちかけてきた。
瞬間「アタシが大崎の妹になるとか」なんて言葉が頭を過ぎる。そんなことを言われたら二つ返事で承諾する――わけがない。
そもそも鈴里はそんな一人称使わない。あれは一種の変装であって女装ではない。
「例えば、大崎が闘神の犠牲者になるとか」
「え、何? それどういうこと?」
「殴ってほしいって言ってたじゃん」
な、なんということだ!! これは由々しき事態であるぞ!!
「いや、分かってない。分かってないよお前!! 大体、そんな行為に何の意味があるっていうんだ!! 僕はただ痛めつけられることを望んでいるわけじゃない!! もっとロマンを追求するべきだよ。だがどうしてもその姿で痛めつけるつもりなら、寝技を激しく希望する」
大崎は息もつかせぬ速さで弁明を捲くし立てた。
「そう。でもね――この世界では、視線を合わせた時点で戦いは始まってるんだよ」
「――」
理屈は分からないが、発言の意味は理解できる。メンチを切る、啖呵を切る、拳で語る――ということだろう。
緩慢な動作で伸ばされる手に少しドキッとして息を呑んだ。このままではヤられる。
「そうだ、報酬!」
脈絡もなく急に叫んだ。よし今ならいけそうだ。何を根拠にそう思ったのかは分からない。
だが言った。
「妹計画に参加してくれないか」
「何?」
今度は鈴里が聞き返す番だ。
正直条件なんて何でもよかったんだ。多少不公平でもかまわない。必要なのはただ、互いに借りを作らなかったという事実。
それは無用な衝突を避けるための、或いは無難にやり過ごすための保険だった。
そうやって相手との間に線を引いて、得体の知れない人物と関わってしまったと思っているのは僕の方だ。
誰だって他人に借りは作りたくないだろう? 分かってるさ。僕は、最低だよ。本当に。
大崎はなるべく相手を刺激しないよう落ち着いた声音で話し始めた。
「妹計画は僕が闘神と出会う前から立ち上がっていた計画で、今は停滞中だけど、妹に会えない寂しさを和らげるために作成しているものだ」
「ああ、兄弟喧嘩の末に海外留学したっていうあの?」
返ってきた興味のなさそうな言い回しに、肯定の意を込めて小さく頷いた。
「結局その理想を三次元に見出すことは出来なかったけどね。それでも諦め切れなかった僕は、新たな計画として仮想現実に妹を再現することに決めたんだ」
言ってPCを操作すると、3Dモデリングされた少女を表示させた。
ディスプレイ上では、現実と遜色ないほどリアルに形成された少女が、文字通り仮想現実の中で生活を送っていた。
「これ……」
忌避か感嘆か、鈴里は言葉に詰まっている様子だ。
「偽者だよ。その世界は、僕が創り出した空想に過ぎない」
言葉通りの意味を込めて、大崎はクリック一つで世界を消してみせた。
「妹が三次元である必要はない。そう考えた僕は、このシステムの構築に着手した。確かに二次元の妹は星の数ほど存在するが、彼女たちの笑顔は不特定多数の人間に向けられたものであり、僕個人に向けられたものではない。ならば、完全オリジナルの架空の妹を作り出してしまえたら、それは僕だけの妹にはならないだろうか? その表情も、声も、身体も、些細な仕草さえもプログラムして、僕だけの妹を作り出す。カスタマイズ機能の追加により無限の妹を――それが、妹計画。通称リアル妹だ」
「――」
「正直その妹が闘神である必要はないと思う。けどこれはな、僕たちの夢なんだよ!! 時間を費やして、ただひたすらに追い求めた僕たちの夢。それをあえて低スペで起動するような無粋な輩は、最初からホラーをやってればいいんだよ!! ホラーを!!」
「……何の話……?」
「いや詮索は無用。僕はただ、哀れな末路を辿った少女たちを悼んでいるのだよ」
「そう……」
「とりあえず、これを見てほしい」
大崎は某動画サイトに投稿した作業動画を表示させた。倍速で進行する動画の上をコメントが流れている。
以前見たときより完成を望む声が多く寄せられていて、不覚にも胸が熱くなった。
「まあ、試作段階で公開した時には、それなりの評価をもらえたけど……」
「――で、実際何をしてほしいワケ?」
コメントの効果か鈴里がそんなことを聞いてきた。
空想で埋められないデータの収集、妹の代わり。考えれば考えるほど、あえて闘神に頼む程のものではない。
しかし僕は気づいてしまった。闘神を妹にする理由もないが、女装癖のある友人を妹にしない理由もなかったことに!
「プログラムを完成させるためのデータを取りたいんだ」
"彼女"は画面を直視したまま答えた。
「いいよ。協力する」
「本当に!?」
傍らの友人を振り返る。
「そうと決まれば計画の説明をするよ! 実はこの計画には続きがあってね、最終計画なんて凄いんだから!!」
表示中のサイトを閉じ別のファイルを起動させると、画面上はプログラムや3Dモデリング、レンダリング動画などで埋め尽くされた。
いまいち話に付いて来ていない鈴里を置き去りにして、大崎は嬉々として語り始める。
「今はこんな風にプログラム通りの行動しか出来ないけど、いずれはAIを搭載して自由に空間を移動できるようにする予定なんだ」
画面の中で生活する少女の世界をクルクルと回転させる。
「更に現実と同等の部屋を仮想世界に作成することにより、AI搭載モデルを現実世界に3D再現。これによりお気に入りのキャラやアイドルとの同棲を疑似体験できるのだ!!」
「……」
「や、まだまだ先の計画だけどね」
無言を肯定と受け取った大崎は照れたように笑うと、一通りソフトを閉じて鈴里に向き直った。
「完成したら二番目に使わせてあげるよ」
「え?」
上機嫌な彼は、しかし不思議そうな顔をする鈴里の次の言葉に絶句した。
「そんなに同棲したいなら彼女をつくればいいじゃない」
「――っ!!」
「え……何?」
それを言ってしまいますか。
「すっ、鈴里だって、大好きな紺野唯奈と同棲できるかもしれないんだよ!」
「大好きって……そんなこと一言も言ってない」
「じゃあアイドル!! いるだろ? 一人くらい!」
「何でそこまで向きになるワケ? 大体3D再現って、ただのホログラフィーじゃ触ることも出来ないじゃん」
「なん……だと!? し、失望した!! 肉欲だけが全てなのか!!」
「そんなこと一言も言ってない!!」
結局、埒の明かない押し問答を繰り広げただけで、それ以降何の打ち合わせも出来ないまま鈴里は帰宅した。
静かになった部屋の中で、いつか必ずこの計画を完成させることをヤエたんに誓うのだった。

 feat.大崎_05【大崎は計画の成功ビジョンを見た!!】 完。