P×C Game_feat.大崎千尋_04

ドアを開けた大崎の目の前に、あの時の少女が立っていた。
それはさしずめ、留学から帰ってきた妹。
しかし鈴里が話題にすら出なかった交換条件のことなど知るはずもない。
「お帰り、琴。帰ってくるって信じてたよ」
「ただいま」
思わず口に出した台詞に返されたのは、余りにも呆気ない――だが、一番望んでいた答え。
相変わらず見事なセットアップだ。見事すぎて思わずしり込みしてしまう程だ。
ちなみに、どう接していいか分からない時は見た目重視の扱いをすることに決めている。
なぜなら僕は、目に映るものしか信じないことにしているからだ。だって目に見えているものは疑いようのない真実じゃないか。
「情報、集めておいたから」
「ん、ああ」
靴を脱ぎ足を踏み出す姿が視界に入った。
例え偽りだとしても、両親のいない家に女子を招くのは何気に緊張する。
だが彼らの行動は把握済みだ。両親がこの状況を知ることは永遠にないだろう。
それでいい。あまつさえ妹扱いしてる姿なんて見られたら目も当てられない。しかもそれが同級生の男子生徒だなんてバレたらもう死ぬしかない。
「はい、これ。とりあえず大まかな情報だけプリントアウトしておいたから」
「うん。ありがと」
差し出したプリントは受け取ってもらえたが、一応依頼された側として説明はしておくべきだろう。
PCのデスクトップに少女の写真を表示させる。
「僕の調べた情報によると、この生徒が紺野唯奈――さん。顔は覚えてる?」
「そうそう、間違いないよ」
再びPCを操作し、今度は紺野家の家族写真を表示させた。念のためプリントした情報に写真は添付しないことにしている。
「彼女は財閥の令嬢で一人娘。大手企業の社長である父親に溺愛されているみたいだよ。それと人物までは特定できなかったけど、婚約者がいるようだね」
「……」
婚約者情報に食いついてこないとは。一体どういう関係を望んでいるんだ? まあいいか。
気にしても仕方ないので説明を続ける。
「成績は中の上くらいだけど、習い事を掛け持ちしていていつも帰りが遅くなるみたいだね。学級委員や生徒会に所属することが多く、常に周りを統轄する位置にいたいと思われる。学年は僕たちと同じ中3で、卒業後は私立聖賢高等学校に通うみたいだよ。ちなみに合格済み」
「――聖賢って、あの?」
「気になる? なら、情報改ざんしてあげようか? それとも入試問題が必要?」
「ん? ちょっと待って、明日受けに行くヤツって――」
含みのある言い方に、入試のコピーを渡そうと差し出しかけた手を止めた。
「そうだけど、誰に聞いたの? ちょっ、それ誰にも言わないでよ。この時期に受けるなんて金で救済されるバカだけなんだから」
「相変わらず最低ですね」
「……分かってるよ。って、もしかして――?」
「…………」
「何か心境の変化でも?」
「まあ、しいて言うなら体裁かな」
「……」親絡みか。
「と、とにかく、それなら問題を渡しておくよ。彼女に近づきたいなら持っていって損はないと思うし、ついでだから特別無料。一応――友達だからね」
「それはどうも」
大崎が無理に差し出した入試問題のコピーは、渋々といった感じで受け取られる。もともと硬派な人間だ、狡猾なやり方は症に合わないのだろう。
「えーっと、じゃあ続けるね」
「いや――」
仕切りなおして再び説明を始めようとした大崎の言葉を遮って鈴里が立ち上がった。そのまま一直線でドアに向かう。
行動の真意をつかめない大崎はただ無言で鈴里の行動を追っていた。
「もう帰るわ」
「え? でもまだ進学情報くらいしか……」
あの程度の情報なら知り合い程度が知ってるだろう。
「ああ、あとコレも返す」
おまけに折角まとめた彼女の情報も付き返されてしまった。
「報酬はまた今度。まともに寝てないんだよね」
「そんなのは――別に」どうでもいいとまでは言えなかった。
だけど、じゃあ僕が調べたことって何だろう? どれだけ情報を集めても、受け取ってもらえないなら全部無意味だ。
大崎は出て行こうとする鈴里を玄関口まで追いかけた。
「ちょっと待って――!!」
思わず呼び止めると、明らかに不機嫌そうに振り返った。
「確かに……僕が言うのもなんだけど、僕が調べれらる情報なんて高が知れている。高度なセキュリティーが解析できるわけじゃないし、情報の信憑性を問われても断言できないレベルだ。それにお前がフェアな戦いを好むのも知っている。だけど、個人の情報なんてものはお前が思う以上に世間に晒されているものだ。情報の真意を確かめるのは、手に入れた後でもいいんじゃないの?」
そして付き返された情報を、胸倉を掴む勢いで押し付けてやった。
「――で?」
それを受け取られたことにホッとしたのも束の間、更に先を促されて戸惑った。
「え? だからつまり、僕が何を言いたいのかというと――」
折角調べた情報を受け取らないってどういうこと!? いいか僕は、やらなければならないことを投げ出してまで、お前との約束を優先したんだぞ。
時間を費やしたんだよ!!
勉強しなければいけないのに!!
などと、受け取られないことを前提に考えていた文句は全て飲み込んだ。目の前でプリントを破り捨てる案も用意してあったが、それも忘れるしかない。
「だから、僕が言いたいのは――その……」
「……」
「い、一緒に勉強しない?」
「だが断る」
物凄い勢いでドアが閉められた。
うん。そうだろうね。
さて、とにかく勉強だ。

それからの数日はあっという間だった。
卒業式を明日に控えた教室では、完成したばかりのアルバムに寄せ書きを書きあっている。
大して親しくない相手にコメントをせがまれたり、忘れていた事実を蒸し返されたり、僕のアルバムもどこかを彷徨っている最中だ。
そんな矢先、試験の合格発表があると校長室に呼ばれた。受験した生徒が少人数だったため合格通知が直接中学側に送られてきたのだ。
平穏な学校生活ではおよそ無縁な空間に少し緊張する。
深呼吸してノックをすると、校長と担任に迎えられた。
「合格おめでとう」
決まり文句と共に渡された合格通知を受け取りながら目にしたのは、高価そうな校長室のソファーと飾られた賞状、トロフィー、歴代の校長の写真。
まるで田舎者丸出しの観光客だ。
大崎は決まりの悪さを隠すために思わず苦笑いした。
「ぼ、僕が本気出したら、こんなもんじゃないですよ」
「君は、やればできる子だったんだね」
「はい」
その後少しの激励を受け校長室を出ると、同じように合格通知を貰いに来たのか見慣れない人物が立っていた。
入れ違いで入って行ったのは、青白い顔をした長髪の黒縁メガネ、いわゆる典型的な引き篭もりのような生徒。
いや、そういえば病気でずっと休んでた生徒がいたけど、さっきのがそうなのかもしれない。それでも高校に行くつもりだなんて、勉強熱心にも程がある。
「高坂、よくがんばったな」
「はい。家庭学習に励んでました……」
去り際に聞こえてきた声はよく知っている声だった。
しかし、確信のもてない情報を頼りに彼が出てくるのを待ち伏せして問いただすほどの勇気は、残念ながら持ち合わせていなかった。
それでも声の主が気になった大崎は、教室に戻って直ぐにアルバムを開いた。
興味本位で覗き込むクラスメイトを無視して目的の人物を探していると、やがて集まってくるいつもの面子。
「何々どうしたの?」
「いや、さっき見慣れない生徒を見かけてさ。多分3年だろうと思うけど――あ、いた」
「ああコイツ、病気で入院してたってヤツ?」
「入院?」休んでいたんじゃなく?
「高坂か」
奥から覗き込んでいた一人が、姿を見つけるやいなや興味をなくしたように視線を戻した。
高坂雄輝。名前欄には確かにそう書いてある。
正直顔はよく分からない。もともと他人の顔をまじまじと見るタイプじゃない。
だが妙な違和感は感じた。
それは恐らく、写真の人物が『鈴里ゆず』の風采と余りに掛け離れているせいだ。これでは病弱で冴えない人物像を隠れ蓑にしているようにしか見えない。
けれど逆に、それこそが彼を鈴里ゆずだと――闘神だと言わしめるに足る事実のような気がしていた。
何れにしても、聖賢高校合格により優等生を約束された大崎には何の関係もないことだった。

 feat.大崎_04【大崎は優等生にクラスチェンジした!!】 完。