P×C Game_feat.大崎千尋_03

初めて会った時、僕は紳士になることを余儀なくされた。
何故なら"彼ら"を前に恐怖心を抱かない人間などいないからだ。
あの時の駆け引きに、僕は勝利したと確信している。

正直、初めから闘神に興味があった訳ではない。
そもそも自称平和主義者の大崎が気に入らない相手を片っ端から倒していくような相手と出会いたいなどと思うはずもない。
しかし出会ってしまった。
鈴里ゆずと呼ばれる伝説に――。
言葉を交わしたわけでも、直接対峙したわけでもなかった。ただ、物陰から視界に納めたに過ぎない。
出現地域、時間帯、確率、あらゆる統計学的数値が彼の正体を導き出していた。
いや、彼の纏っているオーラがネットを騒がせてる当人だと直感させたのだ。
眩しいまでのエフェクト、圧倒される程のコンボ数、行動の全てが目の裏に焼きついて視線を反らすことさえ出来ない。
まさに闘神としか形容できないような動作で、数ある攻撃を掻い潜り確実に仕留めていく。
鮮やか過ぎる身のこなしに、測定しきれない戦闘力を感じた。
なぜ連中が鈴里という人物に固執するのか、その答えが、この明らかなレベルの差の中にあるような気がした。
目の前で展開される全てが、非現実だった。
今思えば、噂でしか聞いたことがない存在の出現に浮き足立っていたんだ。
その出会いに何らかの意味を見出そうと努力し、上辺だけしか知らない鈴里のことを必死で調べ始めた。
入手には困難を要すると思われた彼の情報は、その思いとは裏腹にいとも容易く手に入れることが出来た。
ネット上の書き込み、徘徊する不鮮明な情報の中にその名を発見する。
『鈴里ゆず』
それはまるで、称号のように闊歩する名前。
情報が示す通りなら同じ中学に通っているはずなのに、校内名簿からその名を見つけることは出来なかった。
それどころか、鈴里という人物など学校に存在すらしていなかった。
あるのはただ、あの学校に鈴里という登校拒否生徒がいるという、噂。
あれだけ必死になって掻き集めた情報さえ、結局のところ信憑性のないただの流説に過ぎなかったのだ。
ただ彼の行動はいつも、正義と言っていいほど仁義にあふれていた。
闇雲に暴れまわって力を競い、気に入らないヤツは女、子供でも片っ端からぶっ飛ばす、大方そんな類のシャバ僧だろうと勝手に誤解していたことを謝りたい。
戦闘スタイルは幅広く、全ての流派を心得ているような戦い方をするようだ。
本当に? だとしたらまさに闘神じゃないか。設定だとしてもやりすぎだろう。
だが、今の大崎に疑う余地などなかった。
常に相手の数手先を読み、巧みな動作で応戦していた姿を目撃している。
その日大崎は、鈴里ゆず関連の掲示板に初めて『闘神』という書き込みをした。
我ながらかなり脚色したストーリーで大げさな評価を掲げたが、意外と的を射ていたらしく思いのほか叩かれなかった。
そこから『闘神』という呼び名が定着していったのだ。
そしてその名は瞬く間に周囲に広がり、気が付けば本人公認になっていた。
やがてネット上の鈴里の文字が闘神に書き換わる頃、大崎は再び彼と出会うことになる。
何の気なしに出歩いたある日の深夜、目の前に現れた異質な空気を纏った人影。
まさに『闘神』と呼ばれるに相応しい形相に、現在も無敗神話を更新し続ける歩く都市伝説だと把握した。
正直怖くて仕方なかった。人生の終わりまで覚悟した。
しかし少し冷静になって考えてみれば、こういう人種は挑発されることはもとより、不用意に怯えられることにも逆ギレするものだ。
だが、いかに強い相手でも距離をとりたい人間はいる。
それが変――紳士だ。
これが、僕の出した結論だった。
前回遭遇時と違い接触を図れる距離にいる。知り合っておいて損はないと確信している。
だからといって『僕の知り合いに闘神がいるから、僕に何かしたらお前ヤバイからなマジで』みたいなことは絶対言わない。
言ったところで、大して関わりもない遠い親戚に有名人がいることを自慢してるみたいにしかならないし、恥をかくのは結局自分だから死んでも言わない。
ただ闘神に興味を持ったから接触を試みた。
そして何度目かのやり取りで、ようやく計画が一歩前進したんだ。
題して『闘神捕獲計画!』
これは闘神を相棒に迎え入れることで自身の実力が最大限発揮されるのではないかと考察した大崎が始めた一つの賭けだった。
下手すれば目をつけられて次の標的にされる可能性もあったが、だからこそ常に紳士であろうと心がけ、戦闘を回避する手段を必死で考えてきた。
第一に、彼は人を殺さない。そして恐らく僕を得体の知れない存在だと思い込んでいるだろう。
殴られることが快感と思い込ませれば、必要以上に殴られることもなくなるはず。万が一殴られそうになったらこう言ってやるんだ。
「殺す覚悟の無い人間のパンチなんて快感にしかならない」と。でも僕はMじゃない。
かくして、闘神と対面する時が来た。
幸いなことに今日は親がいない。今日も、と言ったほうが適切だろうか。
妹が留学してからこっち、両親は堕落した生活を送り続けている。たとえ一時的なホームステイとは言え、過度な期待をされる妹が出て行ってしまったのだ。仕方ない。
中学を卒業したら一人暮らしを始めよう。きっと快く送り出してくれる。
もしも無事闘神を招き入れることに成功したら計画完了、失敗したら二度と会いたくはない。関わりたくもない。
既に全てを失ったと思い込んでいる大崎は、この日の展開に希望を託していた。
さて、神は僕に手を貸してくれるだろうか?
幾度となく送りつけたメールには一度も返信はきていない。
諦めかけたその時、突如鳴らされたチャイムに光明が見えた気がしたが、ドアを開けた直後それまで考えていたあらゆる可能性が消し飛んだ。
そこに立っていたのが女子だったからだ。
一瞬、妹の顔と重なった。
「――あ、の……。もしかして琴の知り合い――」なわけないか。
「は?? 何それ? そっちが先に呼んだんじゃん」
彼女は明らかに不機嫌な態度で、耳元の髪を遊ばせている。
ああ、これは明らかに関わりたくない類の人種だ。コンビニ前にたむろしてる類の奴等だ。どうしよう。
「あ――……」呼んだ?
そういえば、電話口で声を聞いていないことを思い出す。
まさか、闘神が女子だったとでも言うのか? そんな情報なかったはずだ。
「こっちも暇じゃないんですけど」
いよいよ退屈し始めた様子の彼女。
これは闘神だ。闘神なんだ。じゃなければ、この家に呼ばれるはずがない。
「き、虚勢を張るのはやめたほうがいい。僕には全てが見えているのだからな」
精一杯の虚勢だった。
「……意味わかんないんですけど」
「もう何も隠す必要はない。何故なら僕は全てを見切っている。闘神の正体が女子高生だってこともな!!」
「――」
芝居がかった身振りで人差し指を突きつけたら、ほんの少し彼女の眉が動いた。
そうか、あれは男装だったんだ。それとも架空の存在になりきっているのか?
「もしかして、コスプレ?」
「好きでやってるように見えるワケ?」
少なくとも目撃した限りでは実に楽しそうに戦っていた。
「とりあえず嫌でも続けてるならつまり、そんな自分を気に入ってるってことでしょ?」
「……」
否定無しって、それは俗に言う趣味ってやつじゃないか。
「そっか。変わってるね。変わった趣味だね」
「趣味って言うな。ってか趣味って言うな!!」
最初の評価は、ちょっと口の悪い女子高生。
彼女は強大な組織に立ち向かうべく、己を偽り悪を退治して回る戦士――なのだろう。
何にしても、素性をバラせない理由が存在しているようだ。
知ってしまった僕は、消されるのだろうか? それとも、僕との取引に応じてくれるのか?
先手を打たれる前に畳み掛けるんだ。
「とにかく理由があるなら尚更僕と手を組むべきだよ。なぜなら、闘神の情報は常にネット上に晒されている。フェアじゃない戦闘を強いられているってことだよ」
「それが?」
「何とも思わないの!? 闘神の行動は常に公正だった。少なくとも僕は、唯一ヒーローと呼ぶに相応しい人物だと思っている」
「ヒーロー、ね」
小さいため息が聞こえた。彼女の憧れは英雄ではないのだろうか。
「これまでの闘神の勇士を調べてみたけど、その行動は日々エスカレートする傾向にあった」
「……」
「人間は欲深い生き物だから、この先強大な敵に出会わないとも限らない。それは人間かもしれないし、化け物かもしれない。或いは、何かの企業かもしれない」
大崎の脳内には、現実では到底起こりえないストーリーが形成されていた。
この少女となら最強のパーティを作り上げることが出来るかもしれないなどと本気で考えた。
ちなみに大崎は、後の大魔法使いの予定である。
「僕はハッカーだ。必ず役に立つ。貸しを作るのが嫌なら情報には報酬で返すことにしよう」
少し考える素振りを見せた後、彼女は口を開いた。
「いいよ」
神は僕に味方した。
約束を取り付けて再び現れた少女は、あの夜出会った闘神だった。
その後もころころと容姿が変化して、実は二人いるんじゃないかと疑ったこともあった。
ただ、少年の姿をしている時は極端に口数が少ないから、やっぱり男装なのだろうか。むしろ男装でいいよ。
闘神について、僕は余りに無知だった。未だに性別さえ分からないままだ。
『闘神』と『鈴里ゆず』がイコールで結ばれているかどうかも怪しい。それどころか『鈴里』と『ゆず』が同一だと言い切ることも出来ない。
彼女、或いは彼は、それほどまでに曖昧であやふやな存在だった。

響くチャイムにドアを開けた大崎の目の前に、あの時の少女が立っていた。

 feat.大崎_03【大崎は理想のパーティーを形成した!!】 完。