P×C Game_feat.大崎千尋_02

大崎は、入試問題を拝借して直ぐに引きこもりを開始した。
無論、勉強のためにだ。
引きこもりの再来に狼狽する両親たちは、受験勉強だといって黙らせておいた。
試験日は明後日。
とうとう僕も本気を出す時が来たようだな!!
おもむろにPCを起動した大崎は、集中力を高めるために外部の音を遮断し、キーボードの上にプリントを並べてみた。
答えはもう出ているんだ。暗記すればいいだけじゃないか。
…………。
………………。
その時、唐突に頭を叩かれた。
「!?」
反射的に身体を起こして初めて、自分が倒れて額をぶつけたことに気づいた。
時計を見ると深夜2時を回っている。いつの間にか寝落ちしていたようだ。
耳元でエンドレスに奏でられる音楽は、起き抜けには厳しい音量を響かせていた。
眠い目を擦りながらヘッドホンを外し、PCの電源を落とす。
大丈夫。まだ明日――いや、もう今日か……今日一日ある。
自主的に勉強するのだから休んでもいいだろう。
今日のところはもう遅いし、明日から本気出そう。そうしよう。
お休み、ヤエたん――。

カチカチ……ガチャ
「――」
ガンッガンッ!!
「っ!!」
不快な物音に起こされ時計に目をやると時刻は午前9時。この時間に両親がいるはずがない。
激しくなる音に思わず頭から布団を被ると、やがて頂点に達した騒音は唐突に止み、何事もなかったように静まり返った。
「…………?」
逆に不安になって辺りを見回してしまった。
しかし何も見つからなかった。
まさか今のがポルターガイストだとでも言うのか!?
「――やっぱ、いねーか」
軽い舌打ちと共に届いた言葉は、まるで今日が平日だということを今さら理解したかのような物言いだ。
おまけに留守かもしれない家に勝手に上がりこんで人の部屋の前で騒音を鳴らすとか、そんなことを平気で仕出かすような奴は一人しか知らない。
仕方なく身体を起こして、あられもない姿を晒したヤエたんの抱き枕をそっと裏返した。
ドアの鍵を開けながら思い描いた姿は、猫目に金髪ツインテールのツンデレを絵に描いたような、
「――って、アレ?」少女じゃない、だと!?
「いるじゃん」
「今日は変装してないんだ……」
「ああ。必要ないから」
必要ない、か。確かに、徒党を組むような人間ほど学校を休みたがらないものなのかも。
「それで何か用なの?」
「情報が欲しい」
簡潔に答えると了承もなしにずかずかと人の部屋に入って来て、その辺に荷物を投げる。
一瞬だけキーボードの上に散らばったテスト用紙に目をやって直ぐに視線を戻した。
彼は鈴里ゆず。通称『闘神』として主にネット上を騒がせている人物で、全てが謎に包まれた歩く都市伝説とまで噂されている。
性別不詳などと囁かれることもあるが、神だから性別がない――というのは設定で、実は変装と称して女装してしまう程アレな男の娘だったりする。
ちなみに、大崎の能力を知っている唯一の例外でもある。
「珍しいね。何の情報?」
鈴里は一瞬ばつの悪そうな顔をして、意を決したように口を開いた。
「あー――、紺野唯奈って、知ってる?」
「え、知らない。誰?」
まさかの女子の名前につい反射的に答えてしまったが、その瞬間、鈴里の表情が変わった。
「っと、同じ中学の誰かかな。クラス同じにならないと覚えられないんだよね。ところで、この女子がどうかしたの?」
「いや、別にどうってことはない」
「ふーん……恋ですね、分かります」
「そんなんじゃない」
「それならこうだ! 出会い頭に美少女と衝突、倒れた拍子に彼女の胸を揉んでしまった! これでどうだ!!」
「大体あってる」
「え!?」あってるって何だよ。どうあってるんだよ。性犯罪ですか? 性犯罪的なアレですか? もうむしろ故意にやってしまったんですか?
「ならばこのおっぱいマウスパッドで検証しようじゃないか」
大崎は、大好きなキャラのイラストが描かれた卑猥なマウスパッドを取り出したが、空気を読んで直ぐにしまい直した。
「まあ、適当に調べておくから夕方にまた来てよ」
「ああ」
煩わしそうに頭を掻いた鈴里は、荒々しくドアを閉めて出て行った。
何があったか知らないが相当苛立っているようだ。
しかし依頼の達成までにラグが生じるのはいつもの事。いくら特殊スキルの件を話してあるとは言え、極秘の作業工程は人に見せられるものじゃない。
まあ、それは良いとして、今度依頼に来たら報酬として『妹計画』への参加を要求するつもりだったが、とてもじゃないがそんな話切り出せる状況じゃなかった。
ちなみに妹計画とは、最愛の妹が兄妹喧嘩の末に海外留学してしまったことに起因する、妹がいなくなった寂しさをどうにかして和らげようという計画である。
当然ながら親しい女子のいない大崎は結局二次元に逃避する道を選び、現在仮想現実において進行、停滞中の計画でもある。
そこに現れた女装マニアの鈴里はこの計画に大いに貢献してくれるであろう。彼を利用しない手はない。
とか、神からの啓示を受ける反対側で常に悪魔が囁いている。
よもや鈴里などが我が最愛の妹の名を語れるとでも? 彼が闘神だということを忘れてはいけない。
やがて天秤にかけられた妄想は、新たなパーティーを構成するための様々な駆け引きをもたらした。
そうやって物事は常に当人の知らない所で創造され、変化していくのだ。
以前彼にこんなことを問われたことがある。
唐突に何の脈略もなく「俺が見えているのか」と。
その時は急に哲学に目覚めたのだとスルーしていたが、質問の真意を理解した頃にこう切り返したのを覚えている。
「自分の境遇に憤りを感じてるみたいだけど、結局、壊したくないんじゃないの? だって身勝手な噂に腹を立てながら、周りに作らせた自身の亡霊をいつも追いかけてるでしょ。むしろその世界に居心地の良ささえ感じているのだとしたら、ただ自分を取り巻く世界に従っているだけじゃないか」
鈴里は終始無言だった。
情報がネットに流出すると同時に根も葉もない噂には尾鰭が付き、気づいた時には新たな伝説が形成されている。
その活字だらけの世界には信憑性の欠片もない。
当事者はただ、巻き込まれる覚悟など決める間もなく、己の手の届かないところで事態が進行する様を黙って見守ることしか出来ないのだ。
その引き金を引いたのが誰なのかなんて、考えるまでもないことだった。

 feat.大崎_02【大崎はパンドラの箱に手を掛けた!!】 完。