P×C Game_feat.大崎千尋_01

それは三学期も半ばが過ぎた、進路も決まった学生が浮き足立つ中3の冬。
その中に一人だけ、別の意味で浮いている人間がいた。
彼はただ進学を希望するばかりで、何の行動も起こそうとしていない。
いわゆるバカな問題児だった。
そんな感じで、放課後はもっぱら進路相談室で時間を潰すことが日課になっていた。
今日もその例外ではなく、カバーを裏返した小説を読みながら教師の話を聞き流している。
「――だからね、君はもう少し危機感を持つべきじゃないかな……」
「僕は進学を希望してるんですよ。だったら受かる学校を探すのが教師でしょ」
その間も本から目を上げようとはしない。
「この前の試験も行かなかったんだって?」
「落ちると分かって受けに行くのもおかしな話でしょ」
「いや、可能性は――」
「なかったよ。適当なこと言わないでよ。あの学校、僕にはレベル高すぎ」
「…………」
「どうせ、分かってたんでしょ」
言って、時計に目をやった大崎は、両手で本を閉じて立ち上がった。
「はい。もう時間。帰るね」
日々はこの繰り返し。
こんなことを続けていていいはずがない。
正直、もう後がないのも分かっていた。
だから――。
「大崎」
「?」
いつものように進路相談室立ち去る途中、思わず足を止めてしまった大崎に渡されたのは、やたら金のかかる私立校のパンフレットだった。
思わず顔をしかめる。
「いいか? これで最後だからな」
「最後……」
それは、進学を決めてから初めて受け取ったパンフレットだった。
幸い大崎の家は金持ちで、現に妹も海外留学している。ここに通いたいと言えば問題なく入学できるだろう。
結局最後はお金の力でした――って。なんて笑えない冗談だ。
「金持ちのボンボンは性格の捻くれた嫌味キャラがデフォルトだからな」
「ん? 何かあるのか?」
「いや――これで最後、ね。考えておくよ」
初めて前向きな返答をした気がした。
「試験は明後日だ。受けるつもりなら早めに連絡するんだぞ〜」
帰り際かけられた言葉には振り返らず、掲げたパンフレットを軽く振って答える。
だけど、この時期に入試のパンフレットを持ち歩いているという事実が無性に恥ずかしくなり、ぐしゃぐしゃに丸めて直ぐにカバンに突っ込んだ。
そして家に帰ってもう一度広げた時に、バカなことをしたと後悔した。
仰向けでベッドに寝転んで皺だらけになったそれをかざすと、蛍光灯の光が折り曲げられた跡をなぞるように浮かび上がらせた。
「私立聖賢高等学校では、全てをコンピュータ管理することにより安全な学校生活を――ん?」
何気なく端から読み進めてみて、ふと気になる単語を見つけて動きを止めた。
――"全て"を――。
その言葉が引っかかっていた。
おもむろにPCの電源を入れる。
低い唸り声を上げて立ち上がった一つの空間が、一瞬で全世界へと繋がっていく。
その心地よい起動音を感じながら息をついた。
やがてデスクトップに表示される、長い蒼髪をなびかせた少女の笑顔。
お気に入りのキャラクターだった。
「ただいま。ヤエたん」
帰って来たと思える瞬間。この一時が唯一の至福と言えた。
ヘッドホンを着用して音楽をかけると、まるで少女のような心地よい歌声が耳に届く。
迷わず音量を最大にして、現実に通じる一切の音を遮断した。
後はただ一心に、潜り込むだけだ。
覚悟を決めて深呼吸すると、その両手をキーボードに添えた。

大崎千尋にはある特殊スキルが備わっていた。
それはコンピュータへの不正アクセス。つまりハッキングである。
とても人に言えた特技ではないが、だからこそ誰も知らないし、誰にも言うことはないだろう。一部の例外を除いては。
さて、今回のミッションは、私立聖賢高等学校のコンピュータ管理の実態を探ること。
題して『"全て"とは実質どの程度のものなのか』だ。
管理者としてアクセスするつもりだった。
一瞬で画面を埋め尽くす文字の羅列。
暫く同じような作業を繰り返した後、視界が開ける。
学校の謳い文句とは裏腹に、侵入は意外と容易かった。
「安全な学校生活……ねぇ」
思わず笑みがこぼれた。
適当なセキュリティならかけられているが、規則的すぎて逆に読めてしまう。
ひとたび足を踏み入れれば、なるほど、全生徒の情報が筒抜けだ。
「広告に偽りナシだな」
だが大崎が探しているのはそんな情報ではなかった。
それは彼の長年の夢。
場合によっては、今後の人生観さえ変化させてしまうほどのそれは――。
「――あった……」
ダメもとで検索したつもりが本当にあって、見つけ出してしまったことに若干の焦りを覚えた。
手元が震える。
ディスプレイには『今年度入学試験問題』の文字。
年度が替わるごとに自動的に切り替わるよう設定してあったおかげで簡単に探し出すことが出来た。
ご丁寧にも回答記入済みの答案用紙まである。
痕跡を残さないようにきっちり5教科保存させてもらった。ついでにプリントアウトしておく。
念のため中間と期末の問題も確認してみたが、やはり全てここで管理されていた。
最後に自分がアクセスした全ての記憶を抹消して、無事ミッションクリアだ。
任務を遂行した大崎はヘッドホンを外すと、身体の力を抜いて背もたれに体重を預けた。
天井を仰ぎ、静かに息を吐く。
光明が見えた気がした。
「これなら僕は天才の地位を手に入れられる」
それこそが大崎の夢。
天才とはすなわち、優等生。
優等生とは多分、いや絶対モテる存在。
脳裏に嫁の笑顔がちらついた。
ヤエたんは今日も可愛い。
そりゃ可愛いよ。
いつだって彼女は優しく微笑みかけてくれる。
だけどね――。
不意に現実に引き戻された時の、あの言い知れない虚無感。
今は彼女が一番だけど、いつかきっと忘れてしまう。
永遠を誓い合ったことも忘れて、違う誰かをこの世界のトップに飾るのだろう。
そっと、ヤエたんの頬に手を添えた。
「僕は今、君のおかげでとても幸せだよ」
途端、一瞬でも彼女から心を離してしまった自分が、とても無節操な男に思えた。
「ゴメンね」
だけど天才の地位を手放すのも惜しかった。
なので結局、高校は受けることに決めた。
早めに連絡しろと言われたのを思い出し、とりあえずメールでも送っておくことにする。
「何があっても、僕の中の一番は君だからね。ヤエたん」
『い、今さら何を言っても、許してあげないんだから!!』
彼女の声が聞こえた気がした。
気持ちが揺らいでいるのが自分でも分かる。
「ゴメン!! ホントにゴメンね。だけど僕――」
何とか誤解を解こうとして、液晶の両端を無造作に鷲掴みにした。
そのまま勢い余って転倒する。
消失する視界。
「って、ああぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!」

 feat.大崎_01【大崎は己の欲望のために大切なものを犠牲にした!!】 完。