P×C Game_feat.鈴里ゆず_03
教室にも顔を出さず直帰した鈴里は、受け取ったばかりの合格通知を目にしてため息をついた。
結果的に体裁の為に動いてしまった自分に憤りを感じずにはいられない。
大体、常識や体裁にとらわれたルールの中で、どうやって自分を留めておけというのだ。
結局はその枠から外れた者だけが"ホンモノ"になれる。
それがこの世界のルールだ。この世界で、生き残っていくための――。
碌に目も通していない合格通知を無造作に投げると、封筒は机の上を滑り、そこに置かれていたプリントごと落下していった。
やり場のない苛立ちを抱えながらプリントを拾う。
数日前に押し付けられた紺野唯奈の情報だ。
依頼しておきながら直前になって受け取ることを拒否してしまった。
知る必要があるのか、資格があるのか、手に入れた今でもそれが無性に気になっている。
けれど、もう一度彼女に会いたいという気持ちに偽りはない。
紺野唯奈にもう一度会いたい。
不純な動機でも、今はそれでいいと思った。
太陽が沈むにつれて夕焼けが薄闇に包まれていく。
影を落とした部屋に明かりを点けようとして、ふと時計に目をやると、まだ"彼"が出没するには早い時刻。
闘神には、相変わらず不条理な理由で呼び出しが掛かっている。
果し状とは裏腹に減少する目撃情報。
呼び出しに応じない闘神を逃げたと笑う者は誰一人としていなかった。
伝説と決別するにはいい機会かもしれない。
割り切った鈴里は今日も変装して外に出る。
はっきり言って、他人を探っている場合ではない。
もっと自分のことを知るべきなのだ。
『自分らしさ』を考えるたびに焦心する。
何度思慮を巡らせたところで行き着く結論は決まっていた。
大体、個人の存在なんてものは、他人の中にある固定観念によって形成されているようなものだ。
だから当人の言葉に他人の観念を覆すだけの能力なんてあるはずがない。
何もかもを敵に回してきたとするなら、他人を作り上げるしかないじゃないか。
他人を、創り上げるしか――。
明確な答えがあるというならば今すぐ提示して欲しい。
そんなことを考えながら、その足は大崎の家に向かっていた。
作ってしまった借りは清算しなければならないのだ。
「今日は何か?」
しかし対面した大崎が発した言葉はコレだ。借りに対して並々ならぬ感情を抱いているのは知っている。
「っていうか報酬、まだ払ってなかったなって思って?」
「そう言えば、そうだったね」
珍しく無関心な大崎に打開策を提案してみれば、即座に却下された。
その代わりにと持ち出された条件が妹計画だった。どうでもいいが、無条件に参加を拒みたくなるネーミングだ。
案の定、話を聞き進める程にその思いは強くなっていく。
軽蔑しかけた意思を覆したのは一つの動画だ。
内容や説明は理解できなくても、それが大崎に下された評価であることは容易に理解できた。
まるで英雄のようにもてはやすその一言一句から目が離せなくなった。
「いいよ。協力する」
鈴里は動画から目を離さずに答えた。
驚く大崎を後目に、衆望されている計画に参加できることを誇りにさえ思っていた。
だから説明される計画にも真面目に耳を傾けた。
変な言いがかりを付けられるまでは……。
そもそも紺野唯奈と同棲したいとか、そんなこと一言も言った覚えはない。
それどころか、自身が彼女の何になりたいのか、彼女に何をしたいのかもはっきりしない状態なのだ。
「そんなこと一言も言ってない!!」
侮辱とも取れる数々の暴言を打ち消そうと、もう一度否定した。
「……いいけどね、別に。そういうことにしておいても」
「そういうことも何も――」
「っていうか前から聞きたかったんだけど、その変装何? 女装?」
急に論点から外れた質問をされて思わず言い淀んだ。
「だから、変装だよ!」
「なるほど。あくまでも変装と言い張るつもりなら、一つだけ言っておかなければならないことがある」
大崎は一呼吸置いて、人差し指を突き出した。
「人はそれを、女装と呼ぶのだぜ」
この上ない脱力感が鈴里を襲う。同時に、これ以上ここにいてもムダだと悟った。
結局、獲られるものなど何もなく、お世辞にも有意義とは言えない時間を費やすだけに終わってしまった。
やり場のない感情を持て余す。
その日、数日ぶりに闘神が姿を現した。
結果は完勝。圧倒的な実力差を見せ付けて、しかしただの一人も重傷を負わなかったという。
決別さえ予定していた伝説を再び呼び覚ましてしまったことに気づいたのは、刃向かう最後の一人を手にかけた後だった。
卒業式前日の出来事である。
鈴里ゆずは卒業式に出なかった。
卒業生徒の中にも、アルバムの中にも、鈴里の名前を見つけ出すことは出来ない。
当たり前だ。文字通り、そんな"名前"の生徒は存在していないのだから。
鈴里ゆず……一体何者なんだ……。
その謎は永遠に明かされることはないし、明かさなくていいと思う。
何のために誰を騙しているのか。誰を犠牲にしているのか。
様々な情報が渦を巻いて、頭の中で葛藤が繰り返されている。
今ならまだ引き返すことが出来るだろうか。
決断を迫られている。
そう思った。
feat.鈴里_02【彼はまだ、それを恋だと気づいていない】 完。