P×C Game_feat.鈴里ゆず_01

「いいから今すぐ学校に出てこい!!」
一方的に怒鳴り散らして直ぐに切られた電話の主は、教師だった。
恐らく母が教えたのだろう。この携帯の番号を。
勝手に個人情報を流されたことに腹が立って、手近なものに八つ当たりした。
季節は冬。
こんなことをしていても、義務教育は終了する。
鈴里は登校拒否生徒だった。
そして極度に自意識過剰だった。

『鈴里ゆず』と言えば、喧嘩っ早くてやたら強い。気に入らなければぶっ飛ばす。そんなイメージ。
いや、そんな代名詞が定着してしまっていた。
だから誰も逆らわないし、近づかない。
いつからか噂ばかりが一人歩きし、日に日に失われていく己の立ち位置。
普通であることを望んでも、それを許さないのは誰だ? 俺か? いや違う、お前らだ。
だから絡んだ。
「ねぇ、何で黙ってんの? イジメ? イジメですか?」
何の反応も返ってこなかった。
ただ周囲の空気を凍らせただけだ。
怯えたような目をして押し黙る姿、遠巻きに見物しながら声を潜めて噂する姿が視界に入った。
周囲を取り巻く違和感が、全てを知らない存在へと変化させていく。
脳裏を支配する囁きに研ぎ澄まされた感覚は、やがて吐き気を覚える程に明確な言葉を耳に届けた。
「つ〜か、何なんだよ!!」
イライラして誰のか分からない机を思いっきり蹴飛ばした。
「文句あんなら聞いてやる!! だがつまんねぇこと言ったらぶっ飛ばす!!」
誰も、何も言わなかった。
完全に萎縮してしまっている。
だから暴れた。
そして、登校拒否した。
停学ではなく、自主的な登校拒否だった。
それが、中3に上がって直ぐに起こした事件。
以来学校にはまともに通っていない。
卒業式には顔を出すつもりでいたし、その話なら既に学校側にも伝わってるはずだ。
なら残るは進路。
これまでにも進路の連絡は何度かあった。
嘘でもいいから形だけでも決めてくれとか何とか、勝手なことをのたまうだけの事務的な対応。
その度に無視し続けていたら、やがて連絡も来なくなった。
なのに何で今更?
そんなことを考えているうちに、創立50周年を迎えたばかりの校舎が視界に入る。
私服のままだったことに気づいたが、そのために一旦帰るのもバカらしい。
学校に着いた鈴里は、職員室には顔を出さず、指定された生活指導室へ直行する。
実際は生活指導室とは名ばかりの、せいぜい補習授業に使われるだけの多目的室だが、現在は進路相談室として利用されているらしい。
待たされることを予想しながらドアを開けると、以外にも先客がいて驚いた。
鈴里を呼んだ教師だ。
「――まだ授業中じゃね? サボりかよ」
言ってから、この教師が学年主任で受け持ち教科がないことを思い出した。
「わざわざ待ってたんだろ。お前待たせると勝手に帰ってるからな」
「ふ〜ん……」
「だから私服で登校するなって何度言ったら……あ〜、もういい。それよりお前、どうせ何も考えてないみたいだから、とりあえずここ受けとけ」
「とりあえずって何だよ」
「明日受けに行くのが一人いるから、ついでに申し込んどいた」
「は? って、勝手に?」
「両親には了承とってある」
「あっそ」あのババアまた勝手に話進めやがった。
半ば押し付けられるように何かを渡される。
それは嘘か真か、落ちた生徒を金で救済するって噂が囁かれる成金高校のパンフだった。
その割りに外面だけは優秀な、位の高い金持ちが通うようないけ好かない学校だ。
「そこで根性叩きなおしてもらえ」
「……」
とはいえ、ろくに勉強もしていない鈴里がのこのこと受けに行っても落ちるのが関の山だろう。
結局のところ、受験しようとした事実が欲しいだけかもしれない。
「じゃあそれ。渡したからな」
教師はそのまま自身の作業に戻っていった。
片付けられた長机に別のプリントを並べ始めている。内容には特に興味が沸かなかった。
それはさながら『もう帰っていい』という合図。
「――」
去り際、無理に渡されたパンフを投げ付けるつもりで構えて、後ろ手に扉を開けた。
そのまま廊下に飛び出そうとして、勢いよく何かにぶつかった。
「きゃっ――!!」
「――!?」
バランスを崩して倒れ込む。
ぶちまけられたプリントに視界を覆われた。
一体何が起こったのか、現状を理解できていない。
混乱した頭で必死に考えながら、同じように倒れた影が立ち上がるのを目で追った。
「ごめんなさい。大丈夫でした?」
「え? あぁ――」
思わず差し出された手を掴んでしまった。
瞬間、我に返る。
その手は温かくて、柔らかくて――彼女の視線から目が離せなくなった。
捨てるつもりだったのに、拾われたパンフを素直に受け取ってしまった。
こんな風に、人と接したことがなかった。
こんな風に、人に接して貰ったことがなかった。
足元には、廊下を埋め尽くさんばかりの白。
プリントを拾うのを手伝うべきかも知れない。
だけど――。
気づいたら何もせずに、その場を後にしていた。
走り去る直前、何かに足を取られバランスを崩した。
プリントを何枚か踏んでしまったかもしれない。
……最悪だ。
胸くそ悪くなって、丸めたパンフをその辺に投げてやった。
思い当たる節がありすぎて、何に憤りを覚えているのかが当人にも分かっていない。
それが余計にイライラした。
ならどうすればよかった? 俺はどうすればよかった?
自問自答を繰り返す。
答えなんて出なかった。
その行動は俺らしくない。そんなことを考えたような気もする。
他人の評価に不満を感じながら、周りの価値観に流されているのは自分かも知れないと思った。
けれど鈴里は既に、それを自分の生き方として定着させてしまっていた。
今さら覆すことの許されない、一貫した在り方。
否定した途端、自身が脆く崩れ去ってしまうかのような錯覚。
己の存在を決定付ける拠り所。
それほどまでに依存してしまっていた。
周囲に跋扈する『鈴里ゆず』に該当する鮮烈なイメージが常に付きまとっている。
それは名称? それとも称号?
だけどそんな名前は所詮ただの象徴でしかなくて、自身さえも透かして通り過ぎてしまう程度の風評。
そしてその噂になぞらえて生かされている現状――。
じゃあ俺は一体何者だ?
この名前じゃなかったら?
お前ら一体、誰を――何を見ているんだ?
誰一人として、その目に俺を写してはいない。
誰一人として、その目に俺を写してはくれない。
そう考える度に、何か無性に悔しくなった。
見返してやりたいと思って行動すればするほど、己の首を絞める結果になる。
いつも周りに流されるばかりで、明確な自分が存在していないことに気がついた。
「・・・・・・」
やりきれない思いをもてあまして、八つ当たりできる物を探す。
不意に彼女の姿が脳裏を過ぎった。
あの一瞬にころころと表情を変えた、とても優しい少女の笑顔。
制服の胸元に刺繍で施された名前。
咄嗟に頭の中に叩き込んでいたそれを口に出してみる。
「紺野――唯奈――」
彼女のことを、もっと知りたいと思った。

 feat.鈴里_01【彼はまだ、己の失言に気づいていない】 完。